このところ2日間、学校をサボりました。
「インフルエンザのワクチンを打ち、体がダルい」と親に伝えましたが、半分ホントで半分ウソです。
体調云々よりも、学校に行くことが憂鬱なのです。
お風呂に入って明日のことを考えてみると、学校で感じた孤独感とか、周りに馴染めない惨めさとかがフラッシュバックして嫌になります。
大人の中には「学校に行かなくてもいい」と言う人がいます。
でも一方で精神的に辛くて学校を休んだ時にサボりだ、と非難されることがあります。
私はどうすればいいのでしょうか?
今の私は弱くて、現実から逃げているのでしょうか?
それとも正しい逃げ方をしているのでしょうか?
高三生なので、周りの、勉強に全神経を注いでいる人を見て、どうして私はこんなところでつまずくのだろうと悲しくなります。
みなさんにとって「正しく逃げる」とはどのようなことですか?教えてください。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
ななしさん
みなさんのメッセージにほんとうに励まされました。本当にありがとうございます。自分の目標に向かって、生きていきます。
ななしさん
目的地までに登れない壁があったとして、壁を登る以外の別の道を探すのは、正しい逃げ方。
壁が登れないから、何も考えずにぼーーーっと壁の前で立ってるのは、誤った逃げ方。
あなたの目的地は何ですか?
大学合格?友達をつくること?その場に馴染めるレベルの空気読む人になること?
大学合格なら、単位取れるだけ分の授業に出席して、休んだ日は家で勉強でも塾で勉強でも良いじゃない。
友達なら欲しい、学校で1人作って、学校外で3人作る、とか目標立てれば良し。
学校ってのは、ただの手段を学ぶ場所。
目的地を決めるのはあなただし、手段を選ぶのもあなたです。
自分の目的地のために、どの道を選ぶかな?と考え、それが結果的に壁を登らずに済む。というのなら、それは正しい逃げ方なのだと思いますよ。
ゆうじん
逃げることは、生きていることを実感する事。
ただ従うだけなんてつまらないし、逃げた方が良いときも沢山ある。
何が正しいとか、何が正しくないとか、そんなものは誰にも分からない。
逃げたなら、逃げた先で頑張れば良い。
逃げた先も辛いなら、また逃げれば良い。
ただ、人の命に関わるときは、逃げちゃダメなんだ。
ななしさん
学校に行くこと自体が目的なら、サボりと認定されるだろうが、学校は勉強して次のステップに進むための場所と思えば、たかが2日休んだくらいじゃ、サボりとは程遠い。
あなたは、学校を休むことがつまづきと感じてるようだけれど、休むことが最終的な目的に差し障らず、むしろ心の安定につながって、達成の手助けになるなら(高3なら受験とか)、そもそも逃げという言葉なんか使う必要はない。
自分には必要な行動だったというだけ。
逃げることを、できなかったことの言い訳に使わなければ、それが「正しい」でいいんじゃないかな。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください