“大人”が欲しい。
私のことをよく見て、よく評価を下してくれるひとからの”通知表のしょけん”が、ずっと欲しい。
“あなたは〇〇な人で、〇〇なところがあるけれど〇〇なところがよいと思います。つぎは〇〇になるともっとよいですね”
それはもらってももらっても、もらい足りない。そんな感覚。
私のことを気にかけて欲しい。
誰か私のことを認めて。
認めないで。
許して。
許さないで。
君はそういうところがあるよね
と、笑いかけながら言って欲しい。
ずっとそれだけ。
ロクに関係性を築く努力もしないまま、口を開けて待つ雛鳥みたいにピーチクパーチク、そうやって泣き喚く私はただの乞食のようだ。
生きる価値のない乞食である。
稼ぐ才や環境に見舞われなかっただけでそうなるしかなかった
そうやって才や環境のせいにして怠惰を貪るところまでがゴミのする言い訳。
「私の周りには常駐する”大人”がいなかった」
だからなんだというんだ。
だからなんだというんだ。
だからなんだというんだ。
だからなんだというんだ。
だから、なんだというんだ。
だから、なんだっていうの?
それ以上、思考がモヤがかったまま、進まない。
だからなに
と繰り返す壊れたアラームだ。
私は。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください