人を見かけで判断してはいけない。
よく聞く言葉だ。
これはルッキズムを否定する言葉である。
それは違います。
人の中身と見た目を結び付けて考えるのは正しい考え方とは言えない。
そういう考え方をする人間は私の近くにいてほしくない。
ルッキスト(外見至上主義者)を私の周りから排除しよう。
そんな私の思考の末に出た行動は髪をぼさぼさにすること。
髪がぼさぼさの人間にルッキストが近づくことはないだろう。
そう考えた。
中学一年 かわいらしい坊主で入学
中学二年 髪がかなり伸びた。
中学三年 顔面の5割が黒。
三年間その信念のもとで生活した結果、私の行動は少しずれていたことに気が付いた。正確にはルッキストとそのような思想を持たない人間まで遠ざけていた可能性がある、というのが正しい。
ルッキストとそうではない人間について違いを考えたとき、ルッキストは人の容姿、特に遺伝的要因からなるどうしようもないことを判断する基準に入れる。
一方、そうではない人間はそのような遺伝的要因で人を判断しない。
・遺伝的で不細工な骨格を持っている人を、敬遠するのはルッキズムである。
・恵まれた環境に身を置きながらも髪をぼさぼさにしている人を、敬遠するのはルッキズムではない。
・こわい服を着ている人に反社会的という印象を持つのはルッキズムではない。
服を脱ぐ能力はあるのだから。
敬遠することには論理的整合性があり、ルッキズムではなく統計的差別だ。
・骨格などはどうしようもない。
何とかできる範囲には限界がある。
それによりその人の能力の評価が下がる場合、それはルッキズムだ。
つまりぼさぼさの私が周りから排除していたのはルッキストに加え、正しい思考をしていた一般人、ということになる。
そのことに気が付いて私は髪形を変えた。
一度坊主にして、今は伸ばしている途中だ。
加えて私はピアスをつけ始めた。
16歳で。
悪い印象を持たれるのを理解したうえでつけている。
あなたは自分の外観について、何かこだわりがあったら教えてほしい。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください