9月、大学を卒業してしまった。今は親暮らしのニートで週4程度のバイトで趣味に充てるお金を貯めている。
大学生活、漠然と就活してちゃんと仕事に就けるものだと思っていた。でも思っているだけでは就職は出来るものではなかった。3年生、ちょうど周囲が就活を始める頃に留学してしまったものだから誰とも相談できずに月日が過ぎてしまった。
同級生、後輩、ネットの知り合いから就活に対する悲鳴が聞こえてくる。採用担当の学生に対する人格否定、嘘に嘘を塗り固める自己評価、そんなこと聞いているだけでも苦痛で、一度もESを書いたことも、面接に行ったこともないのに病むようになってしまった。
「大学を卒業したら就職をしているのが普通」という価値観は、学生生活を終えてもなおニートの私が漠然と死ぬことを考える自然な口実だった。
大学のキャリアセンターは一度行って放置、「就活」という言葉を聞くだけで涙が出てくるようになり、採用担当は私を落とすために仕事をしているんだという被害妄想、リスカ、OD、飛び込み未遂、自殺のために洗剤を飲み、そして裏垢で身体に包丁を突き刺す写真を投稿し周囲をドン引かせた。
「就活なんてそこまで深刻に捉えるものじゃない」「それほど思い詰めるくらいなら就活しない方がいい」「ゆっくり休んで」たくさんの言葉をいただいたが、そうは言ってもここにいる人達はみんなちゃんと就職しており私なんかと比べられる人達でない。正直、言葉はありがたかったが私にとっては無意味な慰めだった。もう二度とあんな写真は投稿しないと誓ったが、今もその考えは変わることはない。
今日もSNSで「死にたい」「消えたい」「卒論終わらない」と投稿している1つ下のユーザーは難関国公立に通っていることを私は知っている。こんな人ですら自殺を望んでいるのだ。
なら私は尚更この世にいてはいけない存在だ。いつまでも親の甘い汁を啜り、死にたい死にたいと言いながらスマホをポチポチして結局何も行動しない、大学で学んだことを活かす機会もない、お世辞にもエリート大学とも言えない学歴、資格の勉強はしているがそれが就職に役立つとは限らない、そもそも新卒にすらなれないニートにはもう生きる価値はない。
やっぱり私は今年死ぬんだろう。来年好きなアニメの周年を祝うことができなくて残念だけど生きる価値がないのは私の方だから仕方ない。
ひとつ言えるとするならば、一度洗剤を飲んでしまうと匂いと味が結びついてしまい、いい匂いだと思えなくなってしまうことです。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
ななしさん
まず大学ご卒業おめでてとうございます。
なんか、昔の自分を見てるみたいでコメント致します。
私の手首もリスカの跡で洗濯板みたいになっているし、自殺未遂も洗剤飲んだ話(私は薬品でしたが...)も近い何かを感じます。
でも、不思議なもんで、今となってはそれ全部ネタにして飲みの席で笑い話にしてる。人生って意外と「なんとかなるし、なんとかしてしまう」んだよね。もしかしたら色々な人に似たような事を言われてうんざりしていましたら、ごめんなさい。
自分も当時は本当に、「この世にいていい人間」と「いてはいけない人間」が明確に分かれてる気がしてた。でも、時間が経ってみると、そんな線引きは勝手に自分で引いてただけなんだなって思う。
それに、こんなスラスラ読ませる文章を書ける人間が”この世にいちゃいけない”とか、もったいないと感じます。洗剤の味の感想までオチつけられる人が価値がないなんてとんでもない。
そして何より、「来年好きなアニメの周年祝えない」←生きる理由はとしては十分すぎませんか?
名前のない小瓶
読みました10/17。
自己否定感に苛まれ、生きる価値がないと感じるくらいほんとうに絶望的な感覚なんですね。
そうですね…様々な投稿や相談でいただいた反応は、「就活なんてそこまで深刻に捉えるものじゃない」「それほど思い詰めるくらいなら就活しない方がいい」でしたでしょうか。自分は逆のことだと感じます。むしろ、それまで深刻に考えるくらい、就活や働いていること、社会に貢献していることが大切で、価値のあることだと思っていると言うことなのでしょうか。どうでもいいことだったり、軽んじているなら結果に苦しむことがないかもしれません。例えば身近な例でもレポート課題などがそうで、それがしっかり成績に反映されるし大学生という立場上大事なことだからこそ着手するのにハードルが高いし、締め切りギリギリまで時間がかかるケースが多いというか。大事だからこそすぐにとりかかれる人ばかりではないと思います。そうして、小瓶主さんは実家住みで週4バイトをしていてもフリーターではなくニートという認識で、大学を出たんだから正社員として働かないといけないという気持ちが背景にあるのでしょうか。
また、難関国公立に通っている人たちですら就活や卒論で死にたい、消えたいとなっているのだから、お世辞にもエリート大学とも言えない、と言うその大学に通っていた自分はなおさら無理なんじゃないかという先行きの無さ感のようなものもあったんですね。
大学を卒業したら働くべき、普通であるべき、みたいな社会のプレッシャーというか、流れというか、やっぱりありますよね。そのプレッシャーが重い。ちなみに、ご家族はなんと仰っているのでしょうか。生きてるだけで嬉しいんだからゆっくりしなというような感じでしょうか。
そうですね、あとはこの世にいてはいけない存在という言葉。この世にいていい存在というのは具体的にどのような人なのか、と思いながら、でも小瓶主さんの悩みの根本にある気がします。
ですが、これだけ苦しくて仕方がない中で働かれているのはほんとうにすごいことですよね…
仕事中も自分に覆い被さるような気持ちに支配されることがあるかもしれないのに、あたかも何も感じていないかのように、心配をかけたくないと思いながら業務をこなしているのでしょうか。この世にいてはいけないとか、生きる価値がないということに焦点があたっている今、仕事中で単にミスしてもそこに気持ちが結びついてしまうことがあるかもしれません。それでもこうして働かれていること、ほんとうにすごいことだと思います。飲食店とかであれば、お客さんから何か言われたときに余計に苦しくなることもあるかもしれませんよね…
もしよければ、また一緒にお話しませんか。これからも一緒に考えていけたらなって思います。
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