僕の現在位置です
僕は変なことをしてしまったのか。何が悪かったのか。
病室の天井にある換気口のスリットで揺れる黒い綿埃が、不意に視界に入った。
「気にしないで、ごめんなさい」Cちゃんは言った。
(そう言われても、気にするだろ)
何か気の利いたことを……そんなふうに考えて、ああ、これ見せないと、と思って咄嗟に「Cちゃん、こっちも見てくれる?」と声をかけた。
努めて明るく。
「洗い替えね。暑いし、入院中はゆったり着られる方が良いかなって思って。柄違いで3つ。どうかな」
Cちゃんは順々に手に取り「あ、ブラレット。外国だと『見せる下着』なんだって。可愛いね、このさくらんぼの柄、すごく可愛い。でも水色もきれいだなー。このアイボリーは、ちょっと女の子に戻れる感じがしていいな」
気に入ってもらえたみたいで、心底ホッとした。「いろいろ、変わってないね?」あの質問は正しかったみたいだ。
「ちょっと当ててみてもいい? 似合うかな」
「どうぞ。Cちゃんなら何着ても似合うと思うけど」
「それ、言っちゃいけないやつ~」
入院着の上から一つひとつ当てて、どう? と無邪気に感想を求めてくるCちゃん。
参ったな。
でも、両親を早くに亡くして、こういうやり取りを経験しないまま大人になったのか……そう思うと、何ともやりきれない気持ちになるのだった。
「Cちゃんのことを思って選んだから、どれも似合ってるよ。一番は決められないかな」
「もう、どんな妄想したの? って、うそうそ。僕の現在位置くんはそんな人じゃない」
「タンスに仕舞う? なんか引き出したくさん付いてるけど」
「そう、なんか入れるところ多すぎて。自分で整理して仕舞えるわけじゃないし、ちょっと大変」
とりあえず左上の隅の引き出しにしまっておいた。
「あと、こっちもいいですか」
「はい」
お腹の上に数枚、並べていく。
「コットンだ! うれしいな。覚えててくれたんだ。私、チクチクするの苦手で……。しかもブラレットと色味似てるね? 合わせてくれたの?」
「そうだよ。セットアップに憧れるけど着られないって言ってたから。近づけてみた。こちらはブルーになりそうな日に使ってね」
「これはもう、僕の現在位置くんに足向けて寝られない。ここまでしてくれる人、いないと思う。会社の人間にも聞かせてやりたい。私の我儘に付き合わせてしまって、ごめんなさい。大切に着るね。ありがとう。」
左側の2段目の引き出しに仕舞おうとして、さりげなく「たたむ?」と訊いたら、無言でコクン、とうなずいた。
(そりゃそうだよな。引き出し開けたらそのままの姿で入ってましたー、じゃ、Cちゃんも恥かいちゃうな)
小さい頃から家族の洗濯物を洗ったり畳んだりしてたから、その辺はわかってる。
下手に爪切ってこなくて正解だったな。
お腹のところのリボンが前に来るように小さく畳んでおくと、知らない人は「ハンカチか何かかな?」としか思わないし、パッと見で下着とはわからない。親からそう教わった。
「ごめんね。選ばせて、買わせて、仕舞わせて。やっぱり、抵抗ある……よね……?」
「うーん、どうだろう。もういい歳した大人の男だし、変に恥ずかしがる必要はないとは思うよ。あんまり首を突っ込みすぎるのもどうかと思うけど。知らないより知ってたほうが良いだろうね、こういうこともあるから。ただ、普段は触らないものだよなって意識すると、少し羞恥心は出てくる。お互いにそうじゃない? たぶん」
「そういうものなんだね。ちょっとだけ安心した。今回のことで、私、すごく落ち込んで。病状のこと、お金のこと、仕事のこと、いろいろあるけど、僕の現在位置くんにお願いを託して、自分が恥を晒すのならまだしも、僕の現在位置くんに恥をかかせる、惨めな思いをさせるのはいけないと思ったんだ。でも、私は自分に甘いところがあって、今回もそうだった。だから自責の念がすごくて、昨日電話切ったあと、眠れなかったのは本当はそういうことで。どんな顔して会えばいいのかって悩んだけど、もう『これっきり』でも仕方ないなと思って」
これっきりなんてことは、ないよ、Cちゃん。
僕があなたに出会うまでに起きたこと、全部は知らないけれど、嫌いにならないから。
親友じゃん。
「お腹空いたでしょ。メロンパンあるけど食べる?」
「いいの? じゃあお言葉に甘えて、いただきます」
袋の封を開けてから渡した。あっという間に一個たいらげた。
訊くなら今だ、そう思った。
「入院生活ですごく困ってること、あるんじゃない」
プラごみと化したメロンパンの袋を畳む手が止まった。
沈黙が流れること数分間、静寂を破るようにCちゃんが呟いたのは、衝撃的なひと言だった。
「私、看護されてないの」
どういうこと? 僕はすぐに理解できなかった。
♪In Remembrance / Evan Call
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください