物書き……とは言えないけど、一応こうして文字を綴ってるわけだから、あんまり他人の作品見たくないなあと思う時があります。センスある人の文章とかさ、その才能に嫉妬したり打ちのめされて、自分の存在価値に疑問持っちゃったりするじゃん?
他人に攻撃的になっちゃうのも、自己嫌悪しちゃうしさ。
自分より凄い人の存在を否定したくもないし、自分の存在も否定したくない。
穏やかでいるために、見聞きするものに気を付けて生きてる。疲れる。
でもぼくなんか、まだマシなほうだと思ってる。
しねとかばかとかきもいとか……ぼくは大丈夫だから自虐として使っちゃってるけど、無理な人は無理だもんね……
ごめんなさい。
「自虐じゃなくて他人にも思ってるんでしょう?」って問いに「NO」と答えられるほど清廉潔白な人間ではありません。
まあ、そんな話はいいんだ。
私は今日、音楽を聴いてて、「こんな素敵なフレーズがこんな素敵なメロディや歌声と共にひとつの作品になって……ああ、もう二度とこのフレーズを私の作品として出すことはできないんだなあ」なんてことを思ってこの時代の残酷な部分をあらためて考えていた。
クオリティの高い作品ができればできるほど、最低でも超えなきゃいけないラインが上がるような気がしている。
その分できることが増えていっているから問題ないのかどうなのか。
取り残されてる、というかそもそも同じ土俵に立っていないぼくにはわからない。
ぼくはべつに、生存する気がないのだから。
何かを頑張ってる人たちとは、生きてる世界が違うのに。
なんで、前記したようなこと、思っちゃってるんだろう?
へんなの。
どうでもいいはずなのに、
どうでもいい感情や思考が浮かんで、無でいられないのですね。厄介な、これが人間というやつですか。
じゃあ本日も生きます。
ありがとうございました。
この場合の嫉妬はいいことじゃないかしら。
穏やかでいるのもいいけど
尖って見れる人ってその根っこの本質の部分をちゃんとつかめる人でもあると思う
感情の揺さぶりは、だいじな気がしてる。
そんで
自分から揺らぎにいける人はかっこいい
クオリティの高いのって、いいのを作ろうとするとできなくなったりすることもあると思うな
気楽な感じで思いついたのを
何度も何度も練り直して手を入れて考え抜いて
できてくものもあると思うから
こえなきゃならないラインは、あるのかもだけど、一度でやらなくていいというか。怖がらなくていいというか。
なんとなくそんなことを思ったり思わなかったり。
とりとめないお返事でごめんなさい。
今日も生きてくれてありがと