私は、絵を描いています。
お世辞にも上手とは言えません。
デッサンは狂っていますし、首の接合部は不自然ですし、魅力の欠片もありません。
でも、ずっと好きだったから、ずっと叶えたかったから、だから描き続けてきました。
だけど、この好きという感情さえも、嘘だったのかもしれません。
だって、本当に好きなら、周りの成長や自分の時間のことなんか考えずに、何かに取り付かれたかのように絵を描いて、メキメキ成長しているはずですから。
だけど、実際は絵と呼ぶにはあまりにも汚くて、廃れた物なのですから。
私は、絵に真面目に向き合えてすらいない。
絵を、承認欲求を満たすための道具としか見ていないのかもしれない。
誰かに、褒められるために。
何もなかった自分に、才能の札を付けるために。
少しでも、価値ある人間になるために。
好きという感情は、あの時感じた憧れは。
すべて、汚い欲求を隠すために無意識の内に作り出した偽りの感情なのでしょうか。
こんなこと言われても困りますよね。
すいませんでした。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
この小瓶もまた、汚い欲求のもと書いているのでしょうね。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
すごくやさしい言葉をかけてあげてほしいです
ごろー
> あの時感じた憧れは。
何に憧れたかを覚えていますか?
絵自体ですか?
書いている人のすがたですか?
すごい絵が書かれていく一連の流れでしょうか?etc
> 本当に好きなら、周りの成長や自分の時間のことなんか考えずに、何かに取り付かれたかのように絵を描いて、メキメキ成長しているはずですから。
その道のプロにはなれなくとも、
上手くなくとも、
さらに上手くならないけど、
でもそれが好きな人はかなりいると思います。
楽器や歌とか上手さにかかわらず、好きな人はいると思います
ゲームでもプロのeスポーツ選手になれなくても、
好きなんている
普通のモードはクリアできるけど、
難しいモードはクリア出来ない。
関係なくこのゲーム好きと言うのもあると思います
好きと実力が噛み合わないのは
良くあることで、それで良いと思ってます
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
すごくやさしい言葉をかけてあげてほしいです