嫌な事を反芻する癖。
相手の言葉を裏を読もうとしてネガティブになる思考の癖。
これらがあるから、周りの人に酷いことを言われても、されてもいないのに、憂鬱になることが多い。
そういう意図があるかないかもわからない、だからこそ考えなくて良いとわかっているが、その不確かな疑わしい状況がしんどくて辛い。
誰からも愛されたいという思いが強すぎて、完璧でない自分の弱さや頭の悪さ、見た目の悪さ、人間性の低さに直面する日々でしんどい。
人と関わるからしんどい。でも人と関わらずに生きることはほぼ不可能。且つ、人と関わらないでいすぎると関わりが欲しくなってしんどくなる。
何て我が儘で救いようのない思考なんだと思う。
自分にとっては今目の前に繰り広げられているすべての世界が生き地獄ってものなんだと思えてしまう。
死んで無になることができたら、それこそ私の求めている理想なのだと思う。
ロボトミー手術を受けた後の感情0こそが、本当の平穏なのかもしれないと思っている。
死ぬことに憧れが強い。
死んだらそこで思考が途切れて終わるものだと信じてやまない。
死んでもなお思念体のような幽霊のようなものがあって、思考を手放せないとなると、絶望でしかない。
終わりがあることにどれだけ救われているか。
死にたいという言葉は、終われることへの憧れであり、お守り。
死ぬことで解放される。いつでもなかったことにできる。その存在がそこで終われば終わり。
何て魅力的なんだろう。
死にたいと身近な人が言っていたら、わかる。ってなる上に、良いやん、死んでみたら。ってなる。
冷たいわけじゃない。
この世の生き難さを知っているから、身をもって感じているから、だから死んだら良いよって思ってしまう。
とても眠い。このまま目が覚めないで終わりたい。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
すごくやさしい言葉をかけてあげてほしいです
名前のない小瓶
ぼくも似てることで言うと、酔っ払って眠ってこのまま眠り死んでしまったら気持ちいいなと口にしたことがある。自分の本音に怖くなって途中でとめた。
経済的に最後まで生活が持つのかどうか、仕事を続けられるのか、上手くいってなくて人が離れていく、連絡を無視される、そんな今を考えると、このゲームを続けることの大変さや意味がわからなくなる。
この間、おじいさんが何がしあわせかと話してるのを聞いた。
自分の歯でご飯が食べられて、自分の足で夜トイレにいけることだと言ってた。
自分はそれが出来ている、走ることさえできるのに、なんで幸せじゃないんだろう。
所ジョージさんが人生はダンスのようなもの
目的とかはなく、踊ること自体が目的だと言ってた、生きてなにか目的を達成するのではなく、踊るだけ、それでいいみたいな
でも、生きてたら人と比べられるし、自分も比べるし、そんな成功した人のような心に思えない。ひとついいことがあったとしたら、
このことを書いてあなたに送れることはなんだか嬉しい。理由はよく分からない。ありがとう
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
すごくやさしい言葉をかけてあげてほしいです