東日本大震災から12年を迎えるにあたり、お亡くなりになった方に哀悼の意を表するとともに、被災により今なお苦しむ方の幸せを願い、仙台・宮城の復興のため、命ある限り精進することを誓う。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
すごくやさしい言葉をかけてあげてほしいです
遥
とりす様
お返事ありがとうございました。
四季の中では冬を最も好み春を最も厭うので、ほぼ毎年のこととはいえ、進歩がない自らを情けなく思います。
震災前には私が時々訪ねていた浜にも、かつてサーファーが沢山見られました。浜の近くにコンビニが1件あり、冬の夜に流星観察をするときは、温かいおでんや飲み物を買っていたものでした。震災により、浜は地盤沈下し、テトラポッドと防波堤は崩れ、コンビニやその周りの住宅は全て流されました。
停電でテレビは点かず携帯も繋がらず情報はラジオのみ、断水でトイレに苦労し、食糧とガソリンは街から消え、放射線についての流言が飛び交いました。今でも思い出します。
12年が経ち、街はまるで東京かのように老若男女が闊歩し華やかになりました。しかし、華やかさの陰で、今なお苦しみの中にある方も存在します。私は弱いですが、弱さと辛さを経験を以て理解しているからこそ、苦しみの中にある方の一助となるため働きたいです。
いつも温かなお心遣いを頂き誠にありがとうございます。
とりす
遥さん、お元気ですか?
もうあの日から12年も経ってしまったのですね…。
あの日は卒業式から帰って来た息子と2人、押し入れの中でひどい揺れに耐えて、TVの画面の中の津波の様子を信じられない思いで見ていました。
私のお世話になった方々も無事ではありましたが、津波の被害に遭われて、私も何度も訪ねて一緒にBBQなど楽しんだお店も跡形もなく流されてしまいました。
そこに行った時には友人と泊まった海辺のホテルも、3階まで津波が押し寄せて来たそうです。
それから何年か後のお盆休みに訪ねた時には、以前サーフィンを楽しんだ浜も高い防波堤が築かれ、風景はかなり変わってしまっていました。
その浜の近くのお寺ではたくさんの蝋燭が一晩中灯されていて、みんなでお祈りをしました。
地震の時に海でサーフィンをしていた人達は、海から上がるのが間に合わなくて津波にさらわれてしまったとも聴きました。
今ちょうど息子は、震災の次の年に一年間手伝いに行ってお世話になった石巻市の業者さん達と一緒に仕事をしているところです。被害の大きかった石巻では川のかなり上流まで津波で逆流したそうです。
犠牲者の方々のご冥福をお祈りしますと共に、被災され、残された方々の幸福と、遥さんのこれからの人生が良いものでありますようにお祈り申し上げます。
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