「ある人」は自らが少数派な立場にいるということに酔っている
少数派な自分が好き、な雰囲気がある
それは構わないのだけれども、聞いてないのにいちいち少数派アピールをされるのは困る
そんな「ある人」たちは自分たちの、一般的には少数派な趣味趣向を「世間は理解してくれない」と嘆く
一方、また「別のある人」たちは自分たちの少数派なそれを世間が理解してくれないとしても、そんなことは関係ないと言う
「ある人」
「別のある人」
彼らの違いは何か
でもまあ、世間から理解されないことは意外辛いことですよ、と
人の目なんて関係ない、って、強がりじゃなきゃかっこいいけどもね
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ななしさん
そうですね、分かります。
「ある人」たちの趣味を、もし世間が理解して広まったらどうするか。喜ぶだろうか。まずは「私たちは以前から知っていた」とアピールし、一般化して少数派の特権がなくなると、その趣味趣向をやめてしまうかもしれない。
「別のある人」のほうが良いね。世間が評価していなくても、好きなものがあればバカにされようと気にせず、淡々とその魅力を探り、楽しむ。素敵。
ななしさん
それな
ななしさん
多数派の恩恵に守られてる人には
恐らく一生わからない苦しみや悩みと共に生きてるから、
それくらいは許してほしいな
最初に少数派アピールするのは
不意に多数派でないことを暴かれて引かれたり
不意打ちで傷つけられるのを避けるため、って側面もある
多分ね
酔ってるだけじゃないよ
嘆くのも無理に強がって自分好きになるのも
それしか身を守る術がないから
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