IT企業勤務なんだけど今やってる案件のお客様がやばい。
モラハラもパワハラも当たり前。決定事項も気分ひとつで反故にして際限なく要求を積み上げる。
「こんな資料じゃ分からない、もっと分かりやすく説明しろ」と駄々をこねる様はまるで大きな赤ん坊みたいにも、市役所の窓口で延々とクレームを言う迷惑老人みたいにも、キャバ嬢に絡む痛客みたいにも思える。
無能の武器化という言葉を体感する。無尽蔵によこされる理不尽な欲求の掃き溜めになっているようで、日々生きるのが辛い。
だけど、その一方で謎の希望も湧いている。「こんな幼稚で異様な振る舞いをする大人(しかももう中年)が会社に雇われ給料を貰い生きている社会で、私が生きてて悪い訳がないな」と、なんだか腑に落ちてしまったのだ。
お客様側の他メンバーも、彼の言動に苦労をしている雰囲気が伺われる。話が通じない相手は無敵だ。誰も彼を止められない。それでも彼は平然と生きていて、周りに不快とストレスと迷惑を撒き散らしながら誰に断罪されることも、首にされることもない。
私はずっと、ぼんやりと自分の存在に罪悪感を覚えていた。優れているところなどひとつも無いのに給料を貰い生きている。一番になれる特技などひとつも無いのに生き延びてしまっている。そんな罪悪感が抜けなかった。
だけど、あのカスのお客様と間近でやり取りする中で、罪悪感は薄れていった。
あんなにもはっきりと迷惑な公害的存在が生存を許されるこの社会で、「取り立てて取り柄などない」程度の消極的欠点しか持たない私が死ななければならない道理などなかったのだ。もちろんこの理屈は、これを読んでいるどこかの誰かにも当てはまる。
周囲に雨あられのごとくストレスと傍迷惑を撒き散らし、生産性を下げまくる人間など大量にいる。そんな人ですら平気な顔で生きている。労働法に守られ、解雇されることもなく給与を貰い生活を続けていける。
そんな世界で、貴方や私が死ななければならない道理なんてない。はた迷惑なクレーマー客どもですら生存を許される世界に、私たちは生きている。
彼らの破壊的言動の前には、「仕事が遅い」とか「ぼんやりしている」とか「メンタルが弱い」とか、その程度のしょぼい欠点なんかもはや無に等しい。むしろ、彼らがカスであればあるほど、(相対的に)比較的穏やかな私の株が上がっていくような錯覚すら覚える。
カスハラクソ客が私にくれたもの。ストレスによる肌荒れと、慢性的な胃痛と、社会に対するちょっとした開き直り。本当にありがとうございます。大変勉強になりました。でもお願いだからもう二度と人里に降りてこないで欲しい。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください