苦しむことをやめてしまった。
これで晴れて私も、私が憎んだ人間たちと同じになった。
苦しむことと引き換えに、無感動と無関心を得た。
人の気持ちのわからない人間になった(なってみて驚いたが、これは脳のある部分がブレーキのかかったような感覚だ)。
どうでもいい人が困ったり悲しんだりして何かを期待する様を見て、きっと気持ち悪いと感じるようになった。
これで正解だね?
これが、私に関わった人間が私に望んできたこと。
人を恨むことをやめるということは
誰かに期待することをやめて、他人を疎むということと同義だった。
傷つくことから逃れるために感情に蓋をするということ。
それが大人になるということ。
私が散々憎んできた存在に、私がなったということ。
光に救われたがった私は、結局、その光をすべて跳ね返しにして無駄にして、気持ち悪ささえ感じるような人間になった。
でも新しい私が、私は好きだよ。
不便なことや諦めることもあるけれど。
強いし。
人に楯突けるようになるし。
弱さがないし。
大丈夫。これが私。
もう泣く私は終わり。
慰められたい役は終わり。
人が言うことに惑わされるのも、言うことを聞くのも終わり。
誰も私に侵入できないし、好き勝手できないし、傷つけることはできない。
やったら殺す。縁切る。
それで孤立してもいい。
孤立しない方が奇跡だから。
私が孤立を選んでも、誰も悪くないし、だからと言って別にもう傷つかないよ。
無駄な我慢をしたくないだけだ。
善人を傷つけて責任を負いたくないと言う気持ちだけは立派にあるから、難しいこともあるだろうけど。
私の頭の中で好き勝手ダンスしてる奴らを追い出して、ここにはもう私しかいない。
誰も私に影響を与えないで。誰も指図しないで。誰も私に命令しないで。期待しないで。
ここにいるのは私一人だけ。
私しか私じゃない。
出ていけ。
出ていけ。
私だけが、私を決めるから。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください