ありえないくらいやる気が何も出ない。
「そんなの無理矢理にでも行動すればすぐに解消されるものだとこれまでの経験則から知ってはいるが」
そういうのとは別に、ありえないほど動く気力がない。
前置きだるいな。
なんで前置きなんかしなくちゃいけないんだろう。
なんでこの感情を誰も認めないんだ。
私はこの世に存在しないってそういうことなのか。みんなそう言いたいのか。
なんでみんな私の言ったことをそうなんだねってただそれだけ言ってくれないんだ。
私はどこにいるんだ。
私はここにいる確証が欲しいだけなのに、誰もそれをくれない。
私のこと無視してあれこれ言ってくる人間全員死んじゃえばいいのに。
私と向き合ってくれない人なんかこの世にいらない。
どうしてわたしはいつも人と向き合おうって努力してるのに、みんなそうしないんだろう。嫌い。
「キミのキモチはわかるけどね」
って形だけの枕詞をつけてくれさえすれば私はそれでよかった
それさえあれば私はそのあと何が来たって構わない。
だけどそれすらないものは私はコミュニケーションとして認識できない。
「わかる」っていうのはunderstandの話じゃない、acknowledge の話。
私のこと見てない人は私のことを勝手に決めつけるし話を聞いてくれないしその人の物語から出てくる気なんて一切ない
そのことが、きっと他の人からしたらありえないほど、私に、この私が私である確証を持てなくさせてしまう。
たとえば私は誰かに殴られて、痛いって感じたとする。
私はその人に「痛い! 謝ってよ」と言う。
だけどそのときわたしが本当にして欲しいことは謝ることじゃなくて
「ああ君は痛かったんだね」
って分かってもらうことだった。
私が謝ってよというのは、その過程が謝るという行為に含まれているからにすぎない。
分かってくれさえすれば私はどんな無礼も酷いことも許せる、痛いからどうしたの? って嘲笑されても構わない、むしろそうして欲しかった
だって別に、こんな風に痛みを感じる自分を、実のところ私はそれほど肯定して欲しいわけじゃないのだ。
ただ私の痛みを理解して欲しい
「そりゃ痛いだろうよ」と。
ただ一つ「違うお前は全く痛くなんかなかったはずだしそう思ったとしてそれは間違っててありえないことだ」とそう言われること、それだけが私の魂をぐちゃぐちゃにする。
そうされることで私はそのときその場に存在しないことになったから。
私はいない。
どこにもいない。
私の感情も感覚も思考もだれも認識しない。
私はこの世に存在しない。
ここにあるのは私の亡骸だ。
いてもいなくても変わらなくて
死んだって構わない。
構わないと言ったら構わない。
構わないんだよ。
構うっていうなら、お前にこの苦しみが芯まで理解できるっていうのか? 理解できるわけがないだろ。
理解できないなら、誰かただこの苦しみを、分かってくれよ。
疲れた。傷ついた。うまくいかない。八方塞がり。怒りが抑えられない。痛い。悲しいわけじゃない。苦しい。絶望。世界がグラグラする。もやがかった現実でうまく体も頭も動かない。
そんな私はどこにもいないっていうなら
そんな私は認められないっていうなら
そのことが確定する日が来るのだとしたら
私はそのときはじめて絶望しきって、死ぬことができるんだろうね。
最初から、私はこの世にいなかったし、いる必要なんてまるでなくて
だからこんなつまらない世界から早くおさらばすればよかったって。
痛くても生きなさいと、体が動かなくても動かせと、そう言えばいいのに(前置きを軽視してるのが丸わかりな人間は論外として)。
都合の悪いことは誰も言ってくれないんだ。
私のことをみんな困ったさんみたいに扱って、顔を見合わせて、去っていく。
「まあ、こんなことを他人にわざわざ要求するのも間違っているけどね?」。
疲れた。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください