姉が自殺してから今年で11年が経つ。そして父も姉の七回忌を迎えてすぐに末期の癌に侵され亡くなってしまった。元々4人家族だったのに、今は母しか家族が居ない。母も後何年元気で生きてくれるのか。父の介護で身体も心もボロボロになってやっと立ち直ったけど、自分の人生歩むのって難しいな。今までどんなに踏ん張って立ち直ったって、次々と困難が降りかかって来た。死にたいとは言えないし、死ねない。姉がした事でどんなに周りの人達を傷付けたか見て来たから。でも本音は消えてしまいたい。私の大事な人達、支えてくれた人達、大好きな人達、そして私の生き甲斐になってくれた動物達、残して逝けない。傷付けたくない。だから最初から無かった事にして欲しい。私は居なかった事にして欲しい。もう何年こんな考えのまま生きてるのかな…。ずっとこのまま生きて行くしかなくて、こんな本音誰にも知られたくなくて。ここで初めて自分の気持ちを文章にしてみたけど、少し歪んだ気持ちが立て直せるといいな。読んでくれてありがとう。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
ななしさん
あなたはひとつの試練を乗り越えたんですから、ちょっと肩の荷をおろしてあまり考えすぎず、気楽な気持ちで生きてみてください。
今はつらいかもしれませんが、不自由の中にも幸福は必ずあります。
家族の死を体験したんですから、今度は生み出す事に目を向けてみたら
どうでしょう?
あなたに幸福が訪れますように願っています。
ななしさん
少し息抜き感覚で、外に出て軽く散歩をしてみよう。
耳をすまして、いろんな音を聞いたり、目をみはって、視野を広げて。
世界は広いんだよ。一人で抱えこむと、周りがみえなくなるから。
周りをみれるようになったら、自分が生きていることの大切さ、喜びを感じることができると思うな。
自分が変われば、人生も変わるよ。
小さなことから、変わろうか
ななしさん
いえいえ。
まいたん
ななしさん
ずっと心の中に溜めてた思いなんですね。
辛いですね。
ここで少しでも吐き出せましたか?
でもね、生きていかないといけないのだと思います。
生きるのは辛いですね。
私も辛い。でも、今日も生きてます。
ななしさん
歪んでないよ。
ひとつひとつが大切だから。
一生懸命なんだよ。
硝子玉
ななしさん
私は、また、同じことを書くのかもしれない。
死にたいと、何度思ったことだろうか。実際に、何度死のうとし、何度死の淵を見たことであろうか。そんなことをふと思い出すと、憂鬱になる。他人には色々言う。それでも、それがいざ自分のことになると、動揺し、まだ生きていたいと思う。私は、そんなことを、20年経験してきた。この身を受け、散々苦しんだ。それでも生きていたいと思う。死ぬのが怖いと思う。何故自分が苦しまねばならないのか、いつまで苦しめばいいのか、そんなことをいつも思う。それでも、生きいたいと思う自分のために、希望をもって、いつか苦しみがなくなる時が来ると信じて、生きている。仏にお経をあげ、先祖にお経をあげ、そんなことを毎日続けている。何時死ぬのかも、自分には分からない。死んでしまいたいと思いつつ、いざ死が目の前にやってくると動揺する。毎日色々なことを考える。何故自分は生きているのだろうか、そういうことは最近は余り考えないが、苦しくて、死にたいとは思う。それでも、毎日何とかやって生きている、というのが、自分の現実ではある。
余り役には立たなかったかもしれないが、この辺で書くのを止める。
ななしさん
愛くるしく、癒やしの香りを放つ赤ん坊の世話と違い、大人の介護は 保護本能が掻き立てられず、重労働である上、先がみえない為、心身共に疲れが蓄積し、家族としての深い愛情を以てしても、心が折れてしまう日もあるのだと年輩者の方々から、ほんの少しだけ、お話しを伺った事があります。
親孝行をしたいと思う心。
実践し継続する事の難しさ。
時が刻まれる度、自分の人生に焦りや不安が生じる瞬間。
様々な心境に調整を付け、尽くしてこられた小瓶主の姿に、高齢の親を持つ者達の中には、近い将来の自分にどれだけ出来るのかと重ね観て、複雑な思いに包まれながら、読み進める者も多かったのはないかと感じました。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください