時々、あと一歩の勇気が欲しくなる。
黄色い線を飛び越える一歩を踏み出せば、苦しみは終わるかもしれない。
特急列車に乗る一歩を踏み出せば、自由になれるかもしれない。
親に相談する一歩を踏み出せば、負荷が軽減されるかもしれない。
自分がただの被害妄想だと認める一歩を踏み出せば、世界がやさしく見えるかもしれない。
一歩が足りない、責任、過去、仕事、義務、家族、呪い。
それらはその一歩を阻む、今の幸せが、苦痛が壊れることを恐れる。
何にもないお前が誰かの期待にこたえ続けられないなんて、生きてる価値ないよってささやく。
ここで逃げるのは卑怯者だって、愚か者だって、家族へ迷惑だって止めてくる。
理性を捨てられる人だったら、幸せになれたかもしれない。
なんで私は相手の笑顔のその先を想像してしまうのか。
すべての人の笑顔が演じるものに見えるのか。
演じてるってことは、かわいそうって短絡思考に陥るのか。
生きてるだけの負荷が多い、なおさら一歩は私にとって重い。
逃げるという手段を得ることが、ただ怖くて。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください