『身内の葬式で泣かないの冷たい』みたいなのを親戚の大人が言ってる……そんなシチュエーションをフィクション作品で見かけるとさ、「実際ある(あった)んだよなあ」と小さい頃を思い出すの。
まあぼくの場合事実というか……そのへんの感情をあえて欠落させているのか本当に無いのかというのがわからない、その時点でおかしいみたいな感じですし、言わせときゃいいみたいなとこもあるのですが……
なんか引っかかる。
なんか納得がいかない。
人が死んだら悲しまなきゃいけないような……
それが身近な人であったり、他者から見て『わたしにとって大切な人』であろう場合には余計に……っていうのがもし、いわゆる『普通』とか『常識』だとして。そこに当てはまらなければならないプレッシャーとか、そこに当てはまらない己はいったいなんだろう?とかいろいろなんか、きもちわるい。
ずっとなんかね。自分の感情がどこにあるんだろう?どこにあれば落ち着くんだろう?って。人の死に対して。親の死に対して。思ってる。考えてる。
悲しまなきゃいけないわけじゃないのもわかってるけど、それがわかって「じゃあ悲しまなくていいか」ってなるのも意味わかんないというかさ。
「悲しくなかった(悲しくない)んだからそれでいいじゃん」ってできない自分がいて、「そもそも本当に悲しくない(なかった)のか?」って自分がいて……
本当にどうしていいかわかんないの。
どこに感情を持っていったらいいのかわかんないの。
【死】というものに対して。
それはもしかしたらひとつの答えで、それがぼくの中の正解や結論なのかもしれない。が、他人がこれを許さないことを考えてしまうとこれで終わりにすることができなくてまたぐるぐるしちゃうんだ。
……心って、虚無だなあ。(←なんか思い浮かんだから書いただけ)
じゃあバイバイ
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yuki.
悲しいから涙がでる・泣く。
→これは分かります。
泣いてないから悲しんでいない。
→これは違うと思います。
悲しいけれど泣くほどのことでなかったり、悲しすぎて実感が沸かなかったりもするかもしれません。
親戚の死は悲しさレベル8
親兄弟は悲しさレベル10
人が泣くのは悲しさレベル5以上だから、泣いてないと死を悲しんでない。
何かそんな風に言われてるような気がして嫌ですね。
名前のない小瓶
つきまちうさぎ🌕️🐇
うん
人の感情は、人それぞれだよね
でもこの場合、あえて有は『考えないようにした』のかなぁ…?
自分を守るために、どうしても直視したくないものとか、生きてるとそういうの、結構あるもの……
私もおばあちゃん、おじいちゃんのお葬式とか泣いたけど、それ以外は………
あんま、泣いた記憶ないかなぁ
悲しいは悲しいんだけど、それと涙は、また別物なのかなぁって思う
実際、悲しすぎたり、疲れすぎてたりしても、涙って出てこない時あるから ←それすら疲れた…みたいな感じ
『こういう時は無理にでも泣くもの』なんて、いったい誰が決めたんだろ?
悲しみをこらえて(気づかないフリをして)、心で泣くって人も、絶対いるはずなのに…
ななしさん
親しい人が死んでも悲しまない人が多くて普通の状態になるよりは、親しい人が死んだら悲しむのが普通の状態にしておく方が、社会的に見て都合が良さそうじゃないか。
だけど親しい人が死んでも悲しまない人が何人かいた方が、みんなが立ち直るきっかけになるかもしれないから、悲しまない人がいたっていいと思う。
そして気分は曖昧だから、悲しいときと悲しくないときがあるのも自然だと思う。
私も兄弟の死を思い出して悲しくなるときと、悲しくない時、両方あるよ。
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