実際に腕を切ってズタボロになってる人と
空想上で腕切ってズタボロになってる人なら
前者の方が重く辛く苦しく見えるのでしょう?
わたしは後者の方。
つらそうに見られて優しくされたいという理由で前者になりたくて羨ましさがあったりする。でもわかってる。そうなったところで優しくされるわけじゃないことを。
なぜ『優しくされる』なんて勘違いをしてるかといえば、わたしがそういう人物に優しくありたいと思っているせい。
大事大事にしてあげたいの。
大切に大切に扱ってあげたいの。
その気持ちが、自傷行為をしている人間への羨望になっているの。
以前も書いた気がするが、『わたしは、わたしに優しくされる対象を羨んでいる』
自分とは違う。残酷な目に遭っている人物。悲惨な物語をハッピーエンドに導いてあげたいと思える人物。
ワタシの大好きな人たち。愛おしくて、誰よりも幸せにしてあげたい。
「ワタシにこんなに思われるなんて……」と、すごく嫉妬しているのです。
おかしいのはわかってる。
でもなぜかボクは、隣の芝生が焼け野原でも青く見えるのだ。おかしくないという意見もあるだろう。大丈夫。わかってる。
そんなことをいいつつ、実際そちらに行けば後悔して逃げ出したくなるのだと思う。なんでこんな地獄を羨ましく思ったのか、己を呪うだろう。
……ごめん、君の人生を勝手に悪いものにしてしまっているね。
だから、ぼくは、地獄に行っても幸せを見つける宣言を何度かしているよ。
生まれてきて、不幸しか味わえないなんて嘘だ。絶対に、どんな人生でも「生まれてきてよかった」と言ってやる。
全ての人生に、良いところと悪いところがあって、どちらか一方だけしかないような……そんなつまらないものには絶対にしない。
変だね。変わってるよね。
ぼく、こんな自分が大好きだよ。
ぼくね、死んで生まれ変わってもう一度人になるとしたら、今の思考がほしい。
今の思考なら、どんな人生でもしあわせになれる気がするから。
死にたさもそのままで。ぼくの思考の大切な部分だからね。
全く違う自分も捨てがたいけど……うーん、想像できないなあ。
あ、生まれ変わりたいわけではないよ?
だって生きんの普通にめんどいじゃん。
なんでこんなことしなきゃいけないのかわかんないよね。
この、言葉紡ぐのもさ、好きでやってるんだろうけど、そもそも私がいまこの世に存在してなかったら無いわけで。
それでいいんだけどなあ。楽もないかわりに苦もないわけだし。
でも生まれた時点でそれが無くなってるからね。【無】が存在しなくなっちゃった。あーあ、生まれる前は空白という言葉すら【 】だったのに。
あと何年かしたらまた、戻れるんだ。
なんにもない【 】に。この表現もできぬ
に。
それまでよろしく、世界。
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アユム
実際に人を殺した人と
空想で人を殺した人
どっちが……
書くまでもないよね。
リストカットも同じ。
実際にやるとやらないとでは大違いだよ。
実際にやった子からすれば
「私の何がわかる?」だろうね〜
ボクはリストカットやったことないけど
リストカットしている立場にいたら
同じ境遇の子に
「一緒に頑張ろう?」って言われると
はげみになるけど
恵まれてる子に優しくされても
「そんなこと書くぐらいなら
ボクをこうした社会を
どうにかしてくれよ〜」って
思っちゃうかな〜
今の考え方のままで……いいの?
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