自分が直感的に思ったことを、ぺたぺたと触ってみて、形をある程度把握したら、ことばで輪郭をなぞっていく。いろいろなことばを当てはめてみて、外に放る。
そんな過程。
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言語化ってとても難しくて、自分のボキャブラリーもそう多くないわけで。
そもそも日本語って、ひとつのことばが表す意味の範囲がかなり広かったり、境界が曖昧だったりすることもあって。
ことばを丁寧にふるいにかけて使い分けるというのはなかなか面倒で、でも、どうしてもこだわりたい気持ちもあって。
ただ、そのこだわりを何気ない会話の中でも実行しようとすると、怖気付いて何も話せなくなってしまう。
誤解されるのは怖い。よほど信頼のある間柄でなければ、誤解されたまま、会話が進んでしまう場合が多いと思う。
いちいち認識の不一致を指摘するのは面倒だろうし、そもそもそのズレに気づいていないことだってあるかもしれない。
そして、そのまま会話が終了してしまうことがほとんどで。なぜなら、そこまで相手は自分に興味を持っていないから。
誤解した印象のままで、適当なラベルを貼られて、次から顔を合わせるたびに、そう思い返されてしまうんじゃないか、と思ってしまう。
まぁ、喋れなかったら喋れなかったで、「こいつは喋れない奴だ」とラベリングされてしまうのだろうけど。
伝えたかったことが思うように伝わらないよりは、マシってことなのかな。そのあたりは自分でもよくわかっていない。
たぶん、自分の気持ちに、そこから生まれた考えに、嘘をつきたくないんじゃないかと、そう思ったりする。
ことばと、その奥の気持ちと、向き合ってみることは大切だと思う。でも、みんながみんなそうではないから、私は他者との会話の仕方が分からない。
キャッチボールなんてとてもできなくて、ドッジボールとはよく言うけど、ともするとデッドボールにもなり得てしまう。ことばって扱いが難しい。
1番の理想は、自分の気持ちを的確に表現できて、相手にも正確に伝わること。そのうえでなら、相手の気持ちをことばと一緒に受け取ることを、きっと億劫とは思わないのだろうな。
…
なんて、言葉にしてきたけど、この自分の気持ちや考えが、ここまで読んでくれたきみにさえ、正しく伝わっているかわからない。
そもそも、数年後とか、自分で読み返すことがあった時に、いまの気持ちや考えが、はっきり想起されるかすら、わからない。
自分のことばに自信がない。気持ちにも、考えにも、自信がないってことかな。
結局なにが言いたかったのかよくわからないけど、もうことばが出てこないので、これはこれで流すことにします。
拾ってくれてありがとう。
私はまだ私でいていいだろうか、
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
すごくやさしい言葉をかけてあげてほしいです
名前のない小瓶
言葉って難しい
人によって感触が違うし
表現によっては伝わらない
それはもう全然、びっくりするくらい噛み合わないことだってある
私は言葉が得意じゃないから、よく誤解するしよく誤解されるし分からないと言われる
でも、誤解されたままでもいいんじゃないかと最近思う
理解されたとして、ホントに伝わってるかは確かめようがないもの
言葉を色々試してダメなら仕方ないでいい
完全に理解してもらおうなんて傲慢だ
完全にわかってもらわなきゃ嫌だ、わかってもらえるはず、なんて思い上がりだ
うまく伝わらなくて当たり前
価値観が違えば言葉が同じでも伝わらないのは当たり前
違ってるから分からなくて苦しくて愛しい
そんな気がする
誤解されたまま会わなくなって、しばらくもやもやしたこともあるけど
そこに囚われて先に進めないのは嫌だから
誤解されても構わない、私は私でしかないから
私は思ったことを私のボキャブラリーで言葉にする
だって正しく伝わることに拘っていたら自分が自分じゃいられなくなって苦しいから
伝える努力はするけど伝わらなくてもそれで仕方ない、だって私達は別の人間だから
私は私であなたはあなた
それはずっと変わらないこと
違ってるから難しくて、違ってるから惹かれる部分もあるし、違ってるから刺激になる
自信なんてなくても
あなたはこれからもあなたのままでいい
あなたがあなたであることに自信や理由なんて必要ない
いつだってあなたはあなた
特別な何かになろうとしなくていい
あなたはあなた
それ以上でも以下でもない
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すごくやさしい言葉をかけてあげてほしいです