宛メを使い始めて数日。
自分の気持ちを流すときは『俺』。
誰かに返事を出すときは『私』。
使い分けてる自分に気付いたんだ。
誰かの辛そうな気持ちを見ると『私』がでてくる。
励ましたくなったり、何とかしてあげたい。
そんな気持ちが自然と出てくる。
自分からの返事をもらっても嬉しくないかもしれない。
何のアドバイスにもならないかもしれない。
それでも『私』は『私はこう思う』『こうしてみたらどうですか?』的な返事を出す。
でも『俺』の小瓶にたいして『私』は返事を出せない。
なんでだろう、『俺』には何を言ってもダメだと思ってるのかな?
『俺』の小瓶に返事をくれた人がいた。
『俺』は嬉しかった。
でもお礼を出したのは『私』だった。
『俺』はネガティブだから『私』が出てきたんだな。
『私』が理想の自分で、『俺』は自己中だから。
周りの人には自分のことを『俺』と『私』のどちらに見えているんだろう。
そういえば『ボク』もいたっけ。
小2くらいまで『ボク』だったな。
いつの間にか『俺』になってたけど。
『俺』と『私』が共存できれば良いのに。
『私』が優しいくせに無知だから利用されて、
『俺』が守ろうとして表面に出てくる。
ついでに『俺』わがまま。
食う、寝る、遊ぶは『俺』が求める。
『俺』が居なくなれば楽になれるのかな。
共存してたはずなのに何で出来なくなったのかな。
これ書いてるの『俺』かな?
誰か教えて欲しい。
どうしたら『俺』と『私』は仲良くできる?
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
yuki.
小瓶主です。
1通目のななしさん。
あなたが、あなたの中の人格達を話してくれたこと、私の人格を兄妹のようだと表現してくれたことで、別の視点を持つことができました。
自分自身で「俺」を毒親のイメージだと書きましたが、あの後、誰かの小瓶に返事を書いて「私」が泣いたとき、「俺」が出てきて、何でお前泣いてるんだと落ち着かせた事があって、『あの書き込みした人の兄のイメージに近いのか?』と考えることがありました。
この返事を書いてる時点ではまだ自分の性格の整理ができてません。
どの「俺」か分からないけど情けない小瓶をいくつも流し、「私」も色々と誰かの小瓶に返事をしました。
「私」が書いた返事が誰かの役に立てたかは分からないけど、あなたが私に書いてくれたことは参考になったし、応援してくれたことにすごく感謝してます。
最近「俺」が過敏に拒否反応を起こすんですが、あなたが心配してくれることに対して「俺」が否定せず、素直に受入れて感謝してることに自分でも驚いてます。
時間はかかりそうだけど、何とか折合いがつけられるよう、頑張ってみます。
ななしさん
一通目の者です。わたしも、それぞれの一人称達、というか人格に名前を付けています。それが上手い共存の仕方かどうかは分かりませんが、わたしの場合、それで使い分けはできるようになりました。でも、まだわたしにもわかっていないこともあるし、これからどうなっていくのかはまだわかりません。一通目で、自分の感想ばかり言ってしまいすみませんでした。
私は、ゆきさんのたくさんの悩みの、その本当に一部だけ読み取ってお返事をしているので、不快に思われるかもしれませんが…
とにかく、応援しています。ゆきさんの悩みの解決の力にはなれないかもしれないけれど、ゆきさんが、少しでも悩みと折り合いをつけたり、もしくは解決できるよう、願っています。
ななしさん
俺、母親。
もともと、男の子っぽいところがあるからですが、息子が自らの意思ではなく母親の影響でオネエ系にならないための対策と称して、息子たちの前では『俺』が多めです。
もちろん、教師との三者面談では『私』。
キャラを子ども化して言っちゃいけないわがままを言ってり。「ボク、ご飯作れないもん。疲れたもん。やだもん」とか。
一人称が色々あるのは日本語の特徴だから、一人称を使い分けるのは自然なことだと、私は思います。
『俺』と『私』を使い分けてる自分に気付いて、おめでとう。服を選ぶみたいに、気分で使えばゆきさんの中の『俺』と『私』は仲良くできると思います。
yuki.
お返事ありがとうございます。
兄と妹のように感じるというのは、私にはなかった感じ方でした。
家族に例えると「俺」は心配してる兄というより、働きもせず飲んだくれでどうしようもない毒親のようなイメージに見えました。
世間体を気にして、理想的な「私」を子供として生み出した。
「私」は上手く人付き合いをして、自分という家を支えていた。
仕事をしてお金を稼ぐのは「私」だった。
自分という家が無事な間は「俺」は何も言わないで「私」を自由にさせていた。
「私」が疲れ始め、疑念を持ち、仕事に支障が出始め、家が危うくなる。
「俺」は「私」のせいにする。
「俺」が勝手に「私」を作ったくせに。
そして「俺」は食う、寝る、遊ぶだけ。
自殺未遂して自分という「家」に迷惑をかける。
支えてるのは「私」なのに、
困ったことに「俺」の方が強制力が強い。
「俺」さえ大人しくしてれば、
「私」は他人にも優しくできる。
「私」が「俺」をどうにかしようと
色々考えて試してみるけどうまく行かない。
ここまで書いて、俺=本能、私=理性、
のような気がしてきた。
家は身体だろうか?それとも心?
でも俺にも私にも心がある気もする。
ここまで書いた文章見直して分析を始めたの誰だ?
返信にお礼述べてるの誰だ?
登場人物は何人いるのだろう。
俺と私と自分で同じ1人称が複数人いる気がする。
名前つけて整理したい。
うまく使い分けて共存したい。
意味不明になってきてすみません。
見てくれた人、ありがとう。
ななしさん
私も、いくつかの一人称を使い分けてます。
宛てメのアカウントを使ってる時は、主に「私」
小説サイトに投稿するときには「僕」
学校で雑談する時は「うち」
自分の内心と会話?みたいなのをする時は、「わい」が一人称のやつが出てきます。
そして、そいつと会話してる、「一人称なし」
最後のは多分私の1番本心に近いことを言うやつです。
最初は、自分の中で一人称がごっちゃになりましたが、今では5人とも?仲良くやってます。
全部、「自分の中にいる」と割り切って、あの子はこんな性格で、この子はこうで、みたいに、分けてみてはどうでしょう?
それぞれに欠点はありますが、兄弟のように思ってあげればいいと思います。
ゆきさんの場合は、「私」が優しい妹で、「俺」が不器用だけど妹想いの兄みたいだと感じました。違っていたらごめんなさい。あくまでも私の意見となってしまいますが、そういうふうに考えてみてはどうでしょう?
今までこの人格たちのことは誰にも話したことがないので、自分語りになってしまいました…すみません。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください