本当は、答えを聞かせてほしかったのかもしれない。
NHKで放送されていた「びじゅチューン」という番組の井上涼 氏による「確信」という作品がYoutubeに投稿されている。
ある朝、少年の前に突然神様が現れる。少年はゲイ。
神様は、同じクラスにひとり少年と同じゲイの男の子がいる。誰なのか当てることができたら付き合える。と言う。これで肌をなでれば真実が現れる、と神様は1枚の羽を少年にわたす。
しかし、少年がクラスメイトを疑いだしたら切りがない。みんなの言動ひとつひとつが思わせぶりで、自分のことを惑わせる。
最後に少年はひとり、彼が、という人物を選ぶのだが ―― 。
あらすじはこんな感じです。雑だけど。
3分程度のアニメーションと曲でまとめられています。
ぼくにとって先生は、少年にとっての彼だった。
そう思います。
例えばぼくが( ありえないけれど)学校の先生からひとり選んで誰がゲイか当てろと言われたら、例の体育の先生を選んでしまうと思う。その先生がゲイかどうかは抜きにして、むしろ、そうであってくれというあられもない期待を込めて、選んでしまう。他にどれだけ言動がゲイぽい先生が居たとしても。
本当は「すきです」じゃなくて、ぼくのことどう思っていますかとか男性と女性どちらがすきですかとか、聞きたかった。ぼくが先生のことをすきだ、て言ったらどう思いますかとか。
前編も合わせて、この小瓶を書いていて改めて、どんなに先生に恋してしまったのか思い知らされた。学校生活では普段は無意識だったのにな。
思えば、ネクタイ結んでくれませんかなんて言って卒業式の日も先生にちょっとでも近づこうとしていた。その先生のにおいがすきだった。
自分こそ、よっぽど先生に対して思わせぶりな態度をとっていた。
思いに気がついてほしかったのかもしれない。
でも気がつかれるのは怖かったかもしれない。
先生のことがすきだとばれて嫌われやしないか、気持ち悪いと思われないだろうか、なんて案じながらも告白したいなんて、我ながら変だな。
恥ずかしながら、恋がどんな感情なのか先生に教えてもらった気がする。
この年になってようやく。
きらきらっとした瞬間があって、人生が楽しくて、世界が華やいで...なんて、小説や恋愛ドラマの世界だけだと思っていた。性的な欲求を美しいことばで言い換えただけだろうなんて斜に構えていた。
けれど、ぼくにとって恋は思いの外きれいで純粋で、豊かなものだった。
先生の手に触れた感覚やにおいを思い出すと、なんとなく胸がそわそわして、だけど、そばにそれがないのがもどかしくて。心臓の、ちょっとだけ斜め奥あたりがむずむずするような、変な感覚。気のせいなのかな...。
さびしいな。
これを書きながらもいろいろ思い出してうるうる。
人間、どうして何度も同じ間違えをするのでしょう。
こうやってお別れが来るたびに、たらればが尽きない。
ああ言えばよかった。こうすればよかった。
そして次こそはと、毎度意気込んでいる。決意をしている。
...つもり。
そしてまた出逢う。別れる。出逢う。別れる。
それも、ぼくたちの長い長い人生の一部なのでしょう。
鱈腹味わうまでです。
高校、本当に、いろいろあったなぁ。
でも卒業は、あくまで次の生活のスタートラインにすぎないもんな。上等だっ。
―― こんな感じで完結してよかったでしょうか。
ひとまず、高校生として小瓶を流すのはこれを最後にします。次からは、大学生になったぼくのこころの内を覗きに来てくれたら嬉しいです。
ここまで読んでいただき、どうもありがとう。
また次回。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください