あのね、わたしの家族はね、「ぼく」って言っても、「おれ」って言っても気にしない人たちなの。
でもね、わたしは外では「わたし」って言うの。
頭ではわかってる(思ってる)んだ。わたしの周りにいる人たちが特別なだけで、世間一般では受け入れられないだろうって。
自分が関わってきた、関わる人間はほんの一握り。その人たちはとても優しくて、立派で、ぼくを傷付けたりはしない。傷付けられはしない。
おれはしあわせものだ。めぐまれている。
だからこそ、僕に傷を負わせる人は本当に不幸だと思う。自覚するしないに限らず、その行為は悲しいこと。故意であるかどうかも関係なく、切ないこと。
悪いわけじゃない。でも、罰とか罪とかいう言葉が似合うような出来事。
人を愛する感情、思いやり、気遣い、優しさ、そういったものを捨てて、前述のものを手中にしている瞬間というのは冷たく、淋しいような気がする。
喜怒哀楽の『喜と楽』を置き、『怒と哀』を出している状態っていうの?そんな感じ。もちろん、さっきも言ったけどそれが悪いわけじゃないし、とっても自然なことというか……喜怒哀楽の全てが存在している方が私としては面白くて好きだとは思う。死にたい(逃げたい)くらい、嫌でもあるけどね。
そのせいで、たくさんの人が傷付き、殺されてしまうから…… いや、無くてもあれか、ここは弱肉強食の世界だったな。痛みの有無の問題がややこしいんだ。
今日も面倒なわたしの脳、身体は元気です。
そういえば、暖かくなってきましたね。春ですね。
寒暖差にはお気を付けください。花粉の症状よ、和らげ!などなどパワーを送ります。
この小瓶に目一杯の幸せ詰めて、流すんだ。
拾った貴方に『幸』を付与だ!
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
すごくやさしい言葉をかけてあげてほしいです
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
すごくやさしい言葉をかけてあげてほしいです