自分は雑魚で何もできていません。簡単には自分が望むものは手に入らない。そんなのわかっていても自分はそのことを許そうとしません。偶々生まれてきて、謎に助かってしまって生きています。希死念慮があります。モノに当たろうとしても理性が勝って、一瞬体に力が入って破壊衝動に駆られるもおさまります。
どうせ、死ぬならあらゆる痛みを受け入れて何か成し遂げようと思い立つものの、すぐに諦める。自分のレベルはたいしたことないからでしょうね。
要するに有象無象は嫌だけど、現実は有象無象の一部、痛みをも受け入れる覚悟できず、未熟な志をもって頓挫。ざまあねえな。
成功者の話は大抵うまくいってるように見える。失敗すらもただの伏線。渦中にいれば気がつかない。
やると決めてもすぐに結果が見えないから、面白くない。
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小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
ななしさん
諦めるのは向いてないからだと思います。向いてないのにいつまでもダラダラやってる人が多いけど、そこに区切りをつけるポジティブさをあなたは持ち合わせているということ。諦めたくないものに出会えば、きっと勝手に続く。それが見つかってないだけ。
私は投資家です。
これになるまでずっと貧乏で、バイト代の2.3割を必ず投資に回して来ました。
お金をたくさん持てるようになった今でも、お金ではなく証券なので、使う必要が来るまでは現金化出来ず、貧乏生活をしています。(お風呂は週2回、洋服は10年に一回買う程度、外食も奢ってもらうしか行きませんし、できるだけお金を使いません)
それでも楽しいのは続けられているのは、私が自らこうしたことを一生続けたいと思っているからです。
お金を使うことに楽しいと思うことはありますし、ないとないで困ります。
しかし、無限に湧いて出てくる生活であればその楽しみを追求することもまた幸せであるのか?とも思いますが、
私にはその欲求がありません。
会社情報や世界の情勢、これからのテクノロジーはどこへ向かっていくのか?、世論の動きを考え巡らせて、知らないことを知れていく事こそが楽しくて楽しくて仕方なく、幸せであると思えています。
今現在は、40代目前ですが大学に通い直そうと思ってますが、オンラインの時代に大学に通う必要性はないのでは?と思い、You Tubeの大学教授の動画を見て、毎日研鑽しています。
必要な時にお金で困らないことも安心感がありますし、必要な時期を前もって歴史を勉強することで、少なからずわかることもあり、安心感がより高まります。
なにかとことん勉強するのはいかがでしょうか?
また、合わないこともあるでしょう。
しかし、それでも世界は広いので、いくらでも学ぶ分野はあり続けます。
たとえば、農業といっても、分野は1000以上あるので、その中で少しでも気になったことがあれば徹底的にやってみる。つまらなかったら手放す。それでいいのではないでしょうか?
頑張るのは結果であり、頑張ろう!とわざわざ自分を鼓舞して奮起するのは、続きません。
やりたくてやりたくて仕方なくて、ついやってしまう。これを目指してください。
一緒に生きている間の暇つぶしをしましょう!
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