言葉は綺麗だ。
言葉は無色透明だ。
「し」くんは、なにも悪くない。
「ね」ちゃんは、なにも悪くない。
彼らは佇み、出番を待つ。
彼らに着ける色、着せる服を選ぶのは僕らだ。
さあ、演劇をはじめようか。
幕が閉まるまで、
私は自分を殺そう。
俺は君を助けよう。
僕は席で見てるよ。
お金の取れないショーじゃ、長くは続かない。
それでも、開演したからにはできるかぎりのことをしよう。出演してもらってるすべてに感謝して、わたしは言葉を紡ごう。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
すごくやさしい言葉をかけてあげてほしいです
名前の有る小瓶
4通目さん、こちらこそまたお返事書いてくださりありがとうございます。
私とは違う解釈(考え)でいいんです。そこからわかることがあるから。
たとえば今回、貴方の優しい部分を私は感じとった。生きづらさとかそういう部分ももしかしたら含んでいるかもしれない。
この小瓶は、「し」と「ね」はただの文字だ。ただの音だ。たとえ連結してひとつの言葉になろうと。それを傷付くものにしたり、癒されるものにするのは、僕ら人間の思考や感情(心)だ。
と、いったところでしょうか。
難しいのは、言葉じゃなくて『人間(自分自身)』なのかもしれません。
何はともあれ、
貴方のお考えが聞けたこと、とても嬉しかったです。
小瓶主より
すべてのお返事に、みんなに感謝を……
ありがとうございました。
それでは、また
ななしさん
小瓶主さんおへんじありがとう。
「し」と「ね」を連結して使うと、それは毒を含むから、言うのはもちろんだけど書かないようにしてる。
だから、単体で使うとしたら、語尾に使う場合しか思いつかなかった。
自分は話してるときに怖いって言われることが多くて、それを薄めるために語尾に頻繁に使う単語。書き言葉にもきっと出てる。
もしそれが誰かを傷つける言いまわしなら、どう対処したらいいか分からないから、話さないほうがいいのかなって思った。
間違った解釈だったなら、ごめんね。
言葉は難しいね。
名前の有る小瓶
2通目さん、どちらかというとこちらがごめんなさい。「しゃべらないほうがいい」と、そう思わせてしまったこと深くお詫び申し上げます。
貴方は何も悪くない。すべて何も悪くない。
大丈夫です。
どんな言葉も私は聴きたいのです。わたしがこうして自由気ままに言葉を紡ぐように……いけないことなんて何もないのだから。
お返事、ありがとうございます。
喋っていただいてありがとうございます。
これからも、あなたの思うままに、言葉を使ってください。
ななしさん
なんか難しいけど、語尾に「し」とか「ね」をつけるのがよくないってことかな。
言葉自体には罪はないけど、そういう言葉遣いをする人間がいけないってこと?
きっとそういう言葉使ってるな自分は。
気に触ってたならごめんね。
もうしゃべらないほうがいいのかな。
ななしさん
言葉って使い方次第では、
傷つけるものになったり、
人を癒せるものになったり、
色々なものになれますね。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
すごくやさしい言葉をかけてあげてほしいです