先日、後輩として、そして恐らくキャストとして最後の文化祭が終わった。
今回、私は僅差で主役になれなかった。なったのは、同輩。絶対に演技力は私の方が優っているのに、とオーディション発表を聞いた帰りは涙を堪えながら帰宅した。私はおじいさん役になった。死んだ、おじいさんの役。出てくるのは数シーンだけで、どれも少年との回想シーン。
主役の子に煽られたこともあり、本当に嫌ではあったが、せっかくもらった役なのだから、楽しんで、そしてあわよくば主役よりも注目されよう、と胸に誓った。それに、役得で、少年役がとても顔が良くて誰にでも優しい先輩だったので、頑張ろうという気になった。
とはいえ、数シーンしかない回想シーンはあまり練習させてもらえなかった。さらに、演出の先輩にも問題ないと言われていたので、自分から練習したいとも会えなかったのだった。
ただ、少年役の先輩とは、この機会でそれなりに打ち解けて、ふざけ合ったり相談したりすることも増えた。その先輩のことが好きな主役の子にはすごく睨まれたし、若干牽制されたりもしたが、別にその先輩とその子が両思いなわけでもないので、私は純粋に関わりを楽しんだ。
そうすると、回想シーンはめちゃくちゃ楽しかった。2人で絵を描いたり、一息入れたり、本を読んだり。おじいちゃんの演技が上手いのか先輩方に演技は褒めてもらえるし、楽しいしでまさに一石二鳥だった。一方主役の子は、やはり大役でプレッシャーがかかるのか、私より演技力に劣っているのか、毎日注意されてばかりで少しずつ病んでいった。夜何十件ものLINEの相談を受けることもあった。
少年役の先輩は、相変わらず可愛いが、関わっていくと良い面と同時に闇の部分も見え隠れするようになった。主役の子は、もともと気色悪いくらいベタベタ触っていたので、抱きしめたりしていたが、私にはなぞの抵抗があり、背中をさすることも声をかけることすらできなかった。ただ、先輩がなんらかの問題で台詞を飛ばした時には、私の台本使ってください、と差し出すだけだ。正直、心の距離は遠いのだろうな、と感じていた。
しかし、こうして文化祭準備は進んだのだった。結局、私はほぼ注意されることもなく、主役の子はなんとか演技を修正しながら、本番を迎えることになった。
当日の舞台裏にて。私と少年役の先輩は、途中まで出番がないので、裏で2人で過ごす時間が1番長かった。いつもは、どうでも良い話や台本チェックで時間を潰すのだが。本番の日に限って、私は喉をやってしまった。開始5分前に唐突に声が出なくなったのだ。他にもアナウンサーなど声のみ出演の役もいくつか抱えていた私は完全に焦っていた。
周囲が緊張で、泣きそうになったりしている中、私は水の入ったペットボトルを持って棒立ちになっていた。だめだ。このままでは、なにもできない。どうしよう。誰も私が焦っていることには気づいていないのだろう。先程主役の子に声が出ない、と伝えても喋るな、としか言われなかった。私は原因もわからず、もういっそ泣いてしまおうか、と目を伏せた。
その時、ふわりと体を抱きしめられた。少年役の先輩だ。普段なら、驚きの声をあげてドギマギしながら飛び跳ねるところだが、今はそんな元気もなく、私は背中に手を回すこともせず、ただただ先輩に身を委ねた。遠くから、他の先輩が冷やかすのが聞こえてきた。性格的に、私も少年役の先輩もいつもなら「違うっ!!」と言い返すところだが、先輩は、私にだけ聞こえる声でこう言った。
「大丈夫。大丈夫。あんちゃんは、私の自慢の後輩だから。」
背中をとんとんと叩き強く抱きしめられる。背中をさすられると、冷たかった体に熱が戻ってくる感覚がして、私は強く頷いた。掠れた声でありがとうございますっ、と伝えた。
その後それを見ていた同輩には見せつけられるように先輩を抱きしめられたが、私はそんなこと気にならなかった。去年憧れの先輩にも、同じことを言われたのを思い出す。去年は成功した。今年だって。水を飲んで咳払いをして、少し声が戻ったのを確認して私は小声で台詞の確認をした。
舞台が始まり、舞台裏は私と先輩だけになる。最初に舞台裏から私のアナウンスの声が入る。ちゃんと出せていない声を不安に思い、手が小刻みに震える。目の前にいる先輩はそれにすぐ気づき、そっと私の手を包んだ。手をさすられ、ぎゅっと握られ、私は気づいた。
「…先輩の手、冷たいですね」
私の手は震えているが温かった。先輩の手は氷のように冷たい。舞台裏は暑いのに。思わず自分の手を先輩の手の外に回す。何も言わずにぎゅっと握って離す。もう出番だ。
アナウンスはうまく行った。声は震えなかったし、若干高音は死んだが、先輩は親指を立ててくれた。
次にあるのは、先輩演じる少年の登場だった。先輩を横目で見ると、肩がかすかに震えていた。目は台本に落とされていて、表情はわからない。もう、出番が近づいていて、先輩は、カーテンで隠れるギリギリの位置にスタンバイしていた。私も、先輩を励ましたい。そう思って肩におこうとした手は、結局セクハラとかで訴えられないか、という意味のわからない言い訳で宙を彷徨った。こんなこともできないのか。もう先輩は行ってしまう。せめて、言葉で伝えよう。頑張ってください、と言おうとした時、先輩が私の元へ戻ってきた。なんの前触れもなく、私を抱きしめる。
一瞬戸惑いそうになり、いや、これで先輩の不安が少しでも解消するなら、と思い直し、さっきはできなかった、先輩の背中に腕を回した。舞台前よりもきつめのハグ。それが先輩の緊張を表していた。服越しに伝わってくる、暑い体温と震えと心臓の鼓動。あり得ないほどどくどくと言っていて、背中をさすらずにはいられなかった。
「…先輩なら、大丈夫ですよ。頑張ってください。」
この言葉で良かったのか?言ったそばから少し後悔がよぎったが、先輩は、震える声でがんばってくるね、と返してくれた。そして、すぐ先輩を呼ぶセリフが聞こえ、先輩は走っていった。
舞台裏から聞いた限りは、先輩の声は堂々としていた。よかった。そして、すぐ先輩が戻ってくる。安堵したように私の肩に腕を回す。私も、一回腕を振り解いて、もう一度くっつくようにして、先輩の背中に腕を回し、お疲れ様です、と背中をさする。
そして、すぐ私たちの出番がくる。明転して、先輩が出て行ったのち、私も登場する。舞台上では、おじいさんと少年だ。いつも通り、回想シーンは楽しかった。私の声も安定した。緊張からくるものだったらしい。
一通り舞台が終わり、私はカーテンコールに備えて舞台裏に待機していた。私のいた下手に舞台が終了したあとはけてくるのは、先輩だけだった。はけてくると同時に、お疲れ様です、と伝える。すると、先輩はおつかれ、と言いながら、本当に安心したように、私を抱きしめた。私も、何の迷いもなく、優しく抱きしめ返した。(このあと同輩と他の先輩に相合傘を書かれた)
因みに、私が演じた死んだおじいさんは本当に好評だった。先輩方の親御さんや、憧れの高3の先輩、その他諸々色んな人にとにかく褒められた。憧れの先輩は、感動して泣いた、とまで言ってくださった。
結果的に今回の舞台は大成功で、私の役も誰よりも良い評価を勝ち取った。ただ何よりももう1人一緒にいたい先輩が増えた。その先輩と演技ができた。私は、そのことがいちばんの収穫だと感じた。やはり、先輩が大好きだ。演劇部が大好きだ。
文章ぐちゃぐちゃですみません。今も興奮が収まりません。楽しかったんです。