全身がんで10ヶ月闘病していた父が亡くなりました。
半年くらいは癌が小さくなって来てたけど、急に抗がん剤の効果がなくなり、免疫療法に切り替えましたが、お医者さんも焦るくらい進行が早いがんだったので、最後1ヶ月ほどであっという間に食べる事も歩く事もできなくなりました。
父が亡くなる2週間ほど前、私は不妊治療の末に待望の子供を授かることができました。
痛みを抑える微量麻薬のせいで、一日中うつらうつらとしているなか、その報告を聞いた父は病床で万歳して喜んでくれたそうです。
生まれるまで頑張るとも。
しかし、まだ妊娠2ヶ月なのに「あと何日で生まれるんや」と聞いたり、意識も朦朧としていました。
薬を使っているとはいえ、想像を絶するしんどさだったようで、昼夜問わず病室に泊まり込んでいる母はどれだけの時間もさすり続けていました。
そして父の心はとうとう折れてしまいました。
母に「もう終わりにしたい」「話を進めてくれ」と。泣きながら「お父さん頑張ってきたのみてたから、これ以上頑張ってとは言われへん」と母が電話してきました。
すぐに夫とかけつけました。
本当はコロナやインフルのせいで、せっかく病院に近い実家に帰っているのに、妊娠しているので病院への出入りを制限されていましたが、父が最後に会ってから、コロナやインフルに感染する前に家に帰れといったそうです。
「我慢しすぎた、お母さんを頼む、赤ちゃんは俺の生まれ変わりやと思ってな」
と。夫と2人泣きながら父の背中をひたすらさすり続けました。
それでも最後とは思えず、父に幼い頃していたように、頬と頬、こめかみとこめかみをすり合わせました。
父が私とするのが1番好きだった事です。
また来るからと病院を出てからも、病室からみえるところで電話をし、手を大きく振りながらまた来るねと言うと、またおいでと言ってくれました。
「またおいで」その言葉に希望を持ちました。
希望ってなんでしょう。
一分一秒生きているのが苦痛な人に、生きていてほしい、また会いたいと思ってしまうエゴ。
でも次に父に会いに行ける日まで毎日何度も神に祈ったのは、「お父さんが早く死ねますように」でした。
父は終わりを決めたその日に、強い薬で死なせてもらえると思ったようで(もちろん普通の状態ならそんな事出来るわけないとわかっている賢い人です)睡眠導入剤しかもらえないとわかると、「なんでや、在宅治療の先生に頼んでくれ」と、不可能な事を頼んだそうです。
もちろん願いは叶わずで、睡眠薬や強めの痛み止めのせいで、ほとんど朦朧として過ごしていました。
そして母の強い希望で自宅に戻りました。
私は車で3時間ほど離れたところに住んでおり、最後の時言葉にならず、父に伝えたいことが伝えられずだったので、メッセージにして送り、母に読み聞かせて伝えてくれるように頼みました。
朦朧としながらも、うなずいていたようやから伝わったと思うよと母が言っていました。
私は病院受診があったので、その翌日車でまた実家に向かいました。
家を出てすぐ夫からまだ家かと連絡がありましたが、もう出発してることを伝えると、気をつけてと言われました。
実家に着くと兄嫁が無言で私の肩を抱き、車もそのままなのに家に連れて行こうとしました。
その様子でまさかと。
「嘘やろ?嘘やろ?」と混乱しながら玄関を開けるとお線香の香りがしました。
夫からの連絡は父のことでした。
間に合いませんでした。
実感もなくでしたが、顔をすりつけて、お父さん間に合わんでごめんなと泣きました。
それからは、父の兄弟である叔父たちが助けてくれたり、兄嫁や兄嫁の家族が、お葬式までの手伝いをしてくれました。
最後の言葉に、「葬式に金をかけるな、おれは見栄をはらんからお母さんにお金を少しでも残したい」とあったので、ほんとうに質素なお葬式でしたが、父が生前私の親友家族や、甥姪に良くしていたので、本当に別れを惜しんでくれる人が遠くから集まってくれ、心のこもったお葬式ができました。
お腹の子の成長がゆっくりで、なかなか安定せず心配で、悲しみに浸る余裕もない日々を過ごしていました。
1週間後に10年飼っていた大切なインコ がなくなりました。
そして父の死からおよそ1ヶ月後、お腹の子を係留流産しました。
なぜ短期間にこんな悲しいことばかり立て続けに起こるんでしょうか。
お腹の子には妊娠初期でしたし、あり程度予感もあったのですが、そんなもの関係ありませんでした。
少しの間でも私のお腹の中で心臓が動いていました。
私と夫の大切な可愛い子供でした。
泣いて泣いて、こんな悲しいのかと驚くほど泣いています。
けれどこの子は父のために、私達の為に来てくれ、大役を果たして父が寂しくないようにと旅立っていったのだと思います。
夫に名前をつけてもらいました。
賛否両論あるかとは思いますが、心の中で話しかける時名前を呼んであげたかったんです。
執着するわけではありませんが、忘れられるわけのない大切な子です。手元供養をして近くにいたいと思います。
少し落ち着いたところで、コロナのせいで母の元に行くこともできず、お互いに我慢しようとあうこともできません。
母が心配するので、弱音も吐かず夫の前や、お風呂で泣いています。
父への思いも溢れて涙が出ます。
前を向いて歩いていかなければならないことは分かっていますし、大切な夫やわんこ、インコや亀ちゃんもいます。
これからは母や兄家族と支え合って生きていかなければならないと改めて思っています。
とにかくはやくコロナが収束してほしいです。
母に会いたい。
父に会いたい。
子供に会いたい。
取り留めのない文章ですが、自分の思いを解放させてもらいました。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
ななしさん
辛いですね
一番 家族や大切な人と一緒にいたい時なのに
コロナのせいで会えないなんて…
コロナは人を孤独にしていく病気です
感染者も感染してないない皆も。
私も早く終息を願います
短期間にとても辛い思いでしたね、何と言えばいいか、それでも前を向いて生きているあなたはとても精神が強いですね、私には真似出来ません、早くコロナウイルスが終息して新しい幸せや楽しさが訪れますように!
お父さんもお子さんもよく頑張りましたね、
お母さんも小瓶主さんもご家族もお辛いですね
いいご家族だと思います
なんとお声をかけていいか分かりませんが
泣いて、休んで、大事にしてください。
名前のない小瓶
その、お気持ち、よく、わかります。
私の、父も、癌なんです。
父の、場合は、まだ、抗がん剤が、聞いていて、元気ですが。
そして、転移などの、可能性は、ないです。
ただ、大きくなる事は、あるらしく、抗がん剤で、大きくなる事を、抑えている、状態です。
でも、大きくなっている、らしいです。
今、父とは、険悪な、状態なんです。
でも、いつかは、別れが来ることは、わかって、います。
その時までには、仲直りが、出来れば、とは、思ってますが・・・
あなたの、小瓶を、読んで、他人事では、ないと、感じました。
私は、いつ、どのような、形で、父と、お別れするのでしょうか。
手を、握って、お別れを、する事が、出来るのかなあ?
それとも、そんな、お別れは、出来ないのかなあ?
どっちなんだろう、って、考えて、涙が、止まりませんでした。
悲しい時は、我慢をしないで、人前でも、どこでも、泣いて、いいと、思います。
お母様とは、電話でも、いいので、お話しては、どうでしょうか?
早く、コロナが、収まって、お母様と、会える時が、来ることを、願っています。
長文、乱文、失礼しました。
最後まで、読んでいただき、ありがとうございました。
2020年4月18日 発信
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください