友人Bの話です。
Bと話していたら
「お前はなんでもできていいよな」
って言われた。
「才能たくさんあるじゃん」
え?
確かに、僕はピアノも絵も水泳も人よりはできる。
だけど、そんなの人生に役立たなくない?
って口にしたら。
「お前はコミュ力もあって羨ましい」
と言った。
納得した。
Bはとある先生との仲が上手くいってないのだ。
僕はなにも言えなかった。
たしかに、私はコミュ力がないほうではない。
だけど、キャラを作り上げているだけ。
『愛想がいいイエスマン』
という仮面をつけてるだけ。
毎日5つくらいのキャラを使い分け、そろそろ自分が何か分からなくなってる僕。
素のままで人と接してぶつかる友人B。
私はBが羨ましかった。
素のままでぶつかれることが。
現実から逃げている僕と現実と戦うB。
どっちがいいんだろうね。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
リトルビュート
「隣の芝生は青い」って言葉があるように、人は自分にないものは羨ましく見えてしまうものなんだって。
どちらがいいかは多分決められないんじゃないかな…?
僕はどちらかと言えばコミュ障だし高校では自分を出すのが怖くて、『おとなしく真面目で無口で無表情で空気みたいなヤツ(byクラスメイト達)』になってしまったから、キャラを使い分けられる人、コミュ力がある人、素のまま相手にぶつかれる人、すべて羨ましく思ってしまうよ…。
死にたがりの自虐少女
私もキャラ使い分けてるよ!
友達の前では、「いっつも笑ってて、面白くて、人懐っこくて明るいヤツ」っていうキャラで過ごしてる。
…5つも使い分けてるの!?すごいね。
私もそのくらいできるようになりたいな。
確かに、素で相手にぶつかれるのって羨ましい。
私も現実から逃げてるタイプかな。無意識にキャラを変えてるよ。
あと、アイコン変わったね!可愛い‼
ななしさん
ヒトはないものねだりを
する生き物ですね。
私にも経験があります。
以前の話ですが、
私は周囲からは冷静で
優しそうに見えたらしく
前まで、結構羨ましいと
連呼されていました。
私からすれば、
・つまらない人間
認定をされる
・交際相手に不自由する
・変人に付きまとわれる
など欠点にしか
感じられませんでしたが・・・。
漫画「ピーナッツ」に登場する
スヌーピーが作品中で
こんな言葉を残しています。
「配られたトランプで
勝負するしかないのさ・・・。」
ただ羨ましがって
夢想に浸るよりは、
自分の強みを知って、
理想の実現に一歩踏み出す方が
有益な点が多いという
ことですね。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください