愛情や友情信頼や信用。それらを築きあげるのは大変なのに、何かあればすぐ壊れます。
簡単に崩れて壊れてしまいます。修復できないものもあります。
なのに何故?何故、人間はそんなものを求めるのでしょうか。何故必死になってそんなものを作ろうとするのでしょうか。何故そんなものに縋るのでしょうか。疑問であり、不思議でなりません
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
ななしさん
人は単純だ。
良い意味でも悪い意味でも。
ななしさん
そうだね
脆いよ
だから自分のみしか信じれない。
名前のない小瓶
継続した行為や態度によって壊さないようにしてきたモノが、小さなきっかけで壊れてしまう。
些細なコトで崩れてしまう、非常に繊細で儚いモノですね。
何故人間はそんな面倒なものを求めるのか?
私は自分が生きて行く上で「安心」する為なのではないかなと考えています。
愛情や友情によって得られた、信頼できる人は自分の味方になります。
人生で壁にあたってしまった時などに、味方がいると安心感があります。逆に、味方がいないと不安と迷いでいっぱいになってしまいます。
最終的には「自分の安心の為」、という愛情友情とは離れた表現ですが、自分の信頼してる人は自分を信頼してくれる人です。
自分を信頼してくれる人の味方になり、相手の安心にも繋がると、それこそ愛情や友情とも言える関係になるのかな。
私的な考えです。読み飛ばしていただいても構いません。
ななしさん
「何かあれば簡単に崩れる」
確かにそうですね。
だからこそ、私は誠実に生きようと思えます。崩さないように。
「子供には、時には壊れやすいものをあえて与えた方がいい」
祖母の言葉です。
子供が壊さないように、怪我をしないように、プラスチックの食器ばかり使わせていたら、いつまでも「落とす」「壊す」ことに鈍感です。
時にはガラスのコップを与えてみる。手を滑らせて割ってもいい。パリンと壊れる大きな音にビビって泣いてもいい。片付けようとして指先を少し切っても死ぬわけじゃない。
「こんなに壊れやすいものがあるんだ」「壊れた後始末はこんなに大変なんだ」と知ることでで「大事に扱う」という意識が生まれる。指先の使い方、力加減をおのずと注意するようになる。
それにより、プラスチックの食器だけしか使えない子よりも、視野と能力の幅が広がるのだと。
人間関係も同じで、様々な人と触れ合うことで、世界が広がります。
あなたも「人間関係は簡単に崩れる」と生まれた時から知っていたのではないはずです。
実際に自分の人間関係が崩れる経験をしたり、関係が崩れたことがある誰かの経験談を見聞きしたりしたんですよね?
だったら、経験や知識がひとつ増えたという意味で、その人間関係、触れ合いには、意味があったってことじゃないですか。
何気ない言葉で誰かを傷つけてしまったのなら「次はこんな言葉は言わないようにしよう」と思いませんでしたか。
ひどい人に騙されたなら「◯◯と言って近づいてくる人には警戒しよう」と思いませんでしたか。
それは学び、経験ですよね。あなたの人生の貴重な財産です。
それが「なぜそんなものを求めるのか?」という疑問の答えだと思います。
他人が教えてくれることは、喜怒哀楽、善悪、利害、多岐に渡ります。だからこそ誰のことも知らない人より、多くの人の生き方や感性について知っている人の方が、学びが多い。それによって思慮深くなり、選択肢の豊かな人生を送れる。
自分の世界を広げる、自分にとってより良いものを探すことは、自分の目だけでは出来ないのを、人は本能的に知っているのだと思います。
直接話をしなくても、例えば「◯◯さんが書いた本を読む」「◯◯さんのファッションを真似してみる」みたいなのもそうです。
知っていることが多ければ多いほど、自分の人生のヒントになるからこそ、自分の知らない世界を求めて、人は自分とは違う世界の誰かと繋がろうとするのだと、私は思います。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください