辛い出来事から約半年が経ちましたがあれから私は何も変わってません。
今は、次に進みたい気持ちと、信じて彼を待ちたい気持ちがあります。
本当は次に進みたいんです。でも彼以上の人がいないのです。
身体だけでも、プラトニックでもなんでもいい。そばにいてくれる人がいてくれたら。
と、願っていますが私にも欲はあるようで誰でも良いわけでは無いようです。それも不思議なんです。どうしてお金のために割り切れないんでしょうね。彼以上がいないなら、もうそれしか比較するものがないのに。どうしてでしょうか。
今は、私が死んだらあの人は悲しんでくれるのだろうか、そんなことばかり考えています。汚くて下衆な、あの人のことばかり。
なんででしょうね。自分を傷つける嘘つきな人ばかりに惹かれて、捨てられて待ち続ける人生です。
いつからこの傾向は決まってしまったのでしょうか?それまで親の責任にするのは子供っぽすぎるでしょうか。
答えが欲しいです。
過去に戻りたいです。
早く時が経って未来を迎えたいです。
今が、死ぬほど要らないのです。
誰かの助けを待ってます。私はずっとここで。おそらく19歳のあの夏の夜から変わらないまま。
たまに発狂したいです。でもしない。死ねばいいのに死ぬ勇気もない。いや、生きたいんです、幸せになりたいんです。何かそのための方法が欲しいです。これまで生きてきて碌なことないなら、きっと私に原因があるのでしょう。
そんなことも、争わずにゆっくり話せる相手がいたら、どんなに救われるんでしょうね。
私はいつも待っています。
待ってるとは公言せずに、ただここに立ち尽くしています。進めないから、かもしれませんが。
助けてください。
私を救ってください。
そばにいて。近くから。
助けてください!
ずっと19のあの夜の事を反芻してるのは苦しいでしょうね。
その次の日は何をしてた?更にその次の日は?
…そうやって時間は進んでる。
誰かと幸せになりたいんだね。
すごくよくわかる。
自分の愛に報いてくれる誰かを欲してるんだね。
自分の得られなかったものを今、確実に手に入れたいんだね。
捜し求めてきたおばさんはね、結論を出しました。
そんなのは幻想だ。
無い。
みんな完璧に納得なんかしてない。
多少の妥協をして、理想と現実に折り合いを付けてる。
愛情も同じ。
その位適当でいいみたいよ。
それでも稀に完璧を掴んでる人がいるんだ。
でもそれは、めっちゃラッキーな事で、それを捜し求めるのは海の中に投げ入れた小石を探すのと同じレベルで難しい。
だから、やめとけ。
退屈で良い人そうな、それなりの、
真面目な好いてくれる人とさっさと一緒になれ。
それなりに幸せになれるから。
幸せになれ。
70点の幸せで充分なんだよ。