災害ボランティアデビューをしてから一月。久々にまとまった休みが取れたので再び同じ地域にボランティアに行った。
回数を重ねるとだんだんメンバーに顔見知りが増えてくる。今回は全員、同じチームに配属された。心強い限りだ。
現地の情報はだいぶ更新されていた。汚れた家財の回収案件は一区切りついたらしい。仮置場の集積所が閉鎖になっていた。
案件は、より山際のお宅に個別訪問して泥かきをするというものになった。元々被害が大きいうえ、台風や大雨が来るたびに裏手の山から土砂が流れてきて、状態が戻ってしまうようなところである。今回は敷地の畑に足を直接踏み入れて作業することになった。
依頼主には色々な人がいる。前回の人は挨拶に顔だけ出したら、すぐ家の中に引っ込んでしまった。まぁ腰の曲がったおばあちゃんだったので、それが精一杯だったのだろう。ただ炎天下で無風な状態で、陽射しをさける軒先もないようなお宅だったこともあり、かなりメンタルにこたえた。
翻って今回の依頼主の家主さんだが、ホスピタリティが半端ない。土嚢袋を提供してくれる、U字管にこびりついた石をのみと木槌で落としてくれる、水路を作るための水平器を持ってきてくれる。もはや寄せ集めの我々より、この人の方がよっぽど即戦力になるのではなかろうか。
しまいには泥落としのためにお庭の水道を使わせていただき、さらにはお茶とお土産の新米までいただいた。聞けばわざわざ我々ボランティアが来る前日にコメリや大型スーパーに行って買い出しをしてきていただいたらしい。
ご自宅でDIYで農作業をやられているので作業慣れされているのだろう。そこまで動いていただくと、ボランティアに来たのに逆にこちらがもてなしていただいてるようで恐縮である。
そうそう、こういう思いやりの循環が大切だな…と思ってふと気づいた。これではいけない。恵まれすぎている。
そもそもこの地域自体、駅前に通常営業しているイオンやコンビニ、ファミレスがあるわ、細いけど車通りが少なく運転しやすい農道だわ、荷物置き場のコインロッカーも使えるわ、社協の方が毎度毎度車貸してくれるわ、ジュースやお菓子を提供してくれるわ、ボランティア先のお宅も最悪、徒歩で1時間かからず行けるくらい駅近だわ。おまけに被害は豪雨というだけで死人は一切出てないそうだ。
つまり被災地にしてはかなり環境が良過ぎる。余裕があり過ぎる。それに加えて今回の依頼主さんの高いレベルのホスピタリティである。逆の意味で、これはマズイ。
オレは今後、機会があれば他の地域のボランティアにも遠征したい。その中にはもっと僻地で被害がひどいところもあるだろう。物資や流通が遮断された地域、依頼主さんに精神的余裕がない現場も想定しないといけない。
だから、これをスタンダードだと思ってはいけない。初日の「必要なものを全て自分で賄う精神」をもう忘れたのか。これでは「ごっこ遊び」すぎる。
作業にあたっては自分の中の使えるモノを惜しみなく注ぎ、誠心誠意を込めてやってはいるつもりだ。手抜き一切無し。これは間違いない。だが、それでも「今回は家主さんにボランティアごっこをさせていただいたんだ」くらいの気持ちでいないとなと気を引き締めた。
もう1つ考えたのは、自分が依頼者として何かをしてもらう時の振る舞いについてだ。通販で買った重い家具や機械などを配達してもらった時、ザアザアの雨の中、夏の炎天下や冬の寒空の中に配達してもらった時。
薄々思ってはいたことだが、やはりお礼の言葉だけでは足りないよなと思う。ジュースかお茶の1つでもあれば宅配の人も嬉しいだろう。自分が仕事で接客をするから分かるのだが、嫌なことがあったり嫌な客にあたったとしても、その後に良いお客さんが一人でもいると、その人に一日を乗り切るエネルギーをもらえるということがままあるのだ。
自分が何かのサービスを利用するときはなるべく良いお客さんでいるよう心がけてはいるが、やはり口先だけでは伝わらない、足りないものもあると思う。そういう気づきもあった。
オレの通っている被災地だが、案件のうち7割は作業終了となっているものの、まだ行政が被害を調査中の段階の箇所が50近くある。
一度作業したお宅でも今後も大雨や台風のたびに土砂が堆積して揺り戻しになるだろう。つまり当分ニーズは途切れなさそうだ。継続して通うことでしか得られない学びもある。今後も時間を見つけてお邪魔するつもりだ。
ここまで立派なことを書いておいてなんだが、オレは純粋な善意だけでボランティアをしているわけではない。
今回体験した土嚢作りや、水平器での測定、簡易排水路を作る作業、一輪車での泥出しやコンパネによる足場の確保。これはそのまま工事現場の補助のアルバイトでも使えるスキルだと思う。そのスキルを、しかも優しく親切に教えてもらえる。そこが一番メリットだと思っているからこそ、一度で辞めず継続しなければというモチベーションになったのはある。
普通は年を取るたび仕事やできることの幅が狭くなっていくものだが、ことオレに関しては真逆である。だんだん「年を取っても、もう食いっぱぐれはしないんだろうな」という自信が固まりつつある。そこも嬉しい限りだ。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください