否認され続ける人生と、ハッキリと拒絶される人生、どっちが果たしてマシなのだろう。
どっちもマシなんかじゃない。けど、疲れた。何もかも疲れた。
こんなことに疲れる自分が私だって嫌だ。けど現に疲れてるんだから仕方ないだろ。どうしろっていうんだ。
何もかも疲れた。大学も友達とのLINEも創作のことも、つかれたつかれたつかれた、全てのことが煩わしい。何を聞かれたってわかんないよ、だって頭が働いてないんだもん。すべて嫌なんだ。全て嫌で、だからもうどこにも逃げられない。自分を演じることに疲れたけど演じてない私なんかどこにもいないから無様に私はそこにい続けるしかない、私はだれだ? 私じゃない私がみんなの前にいて恥ずかしい、と思うのに、ここから逃げ出せない。鉛のように体が重たくてもう動けない。
否認され続ける人生と、ハッキリと拒絶される人生、どっちが果たしてマシなのだろう。
何もかも嫌だと吠える私を見て人に拒絶される私と、その叫びたい衝動を押し殺したままみんなの目の届かない場所でぐずぐずに腐っていく私、どちらがマシなのだろう。
なにもかもいやだ。
ずっと精神的に限界なんだよ。
数年前から
ずっと
心に鞭打って生きてて
でも誰もわかってくれない。
もう嫌だ。
私が甘えてるって思うならハッキリそう言えばいい。
ぐちゃぐちゃ婉曲的な表現を使うのが一番気持ち悪いから
「私」に死んで欲しいならハッキリそう言えばいい。
実感のこもらない私を演じ続けることも何もできない嫌われる私であることも嫌だ
何もかも嫌だ。
嫌なのに、嫌じゃないと思う道がどこにもないから逃げられない。
ああ。
バカだよねあたし。
こうになるまで、こうなることが、分からなかったんだね。
もう嫌だ。すべてと縁を切りたい。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください