あたしはあたしのみる世界を信用なんかこれっぽっちもしてないけど、それとは別に、私がこんな世界を見たってその事実自体をずっと否定してくる人間のことが大嫌いで、君はそう感じたんだなってただ言ってほしい気持ちもそういう人には踏み躙られてしまう
けど自分がそう言われたい人に変なこと言われても自分が望むのと同じように対応できるかって言われてもそれはやはり自信はなくて
なんていうか、つかれた。
馬鹿な人間が多すぎる。
なんで? 私はちょっとした気持ちを、肯定して欲しかっただけなのに。
ずっと偽って生きてる。
偽る必要なんて本当はないのかもしれないけど、誰にも知られないうちに偽らなきゃ私は生きてこれなかった。
そう思ってしまった。
家でも学校でも。
どこにも馴染めない私はただの異物で、嫌われて、ありのままであることに価値なんてないどころか、みんな存在すら認めてくれない。
そこにいることすら認めてくれない
ただ排斥される「いないもの」で、見ないふりをして無視するか叱りつけるか避けるうちに、みんな「私」という存在が消えると思い込んでいる、信じている、祈っている。その先で、みんなが仲良さげに笑っている。
男子の悪意や単なるおもしろがりで揶揄われることすら本当は嬉しかった。怒るふりをしながら嬉しがった。私に構ってくれる存在が、ずっと欲しかったから。
先生が好きだった。こんな私のことを見てくれるから。そういう仕事だから。
やる気のないゆるい先生は嫌いだった。私のことを見てくれないから。仕事を全うしないから。
勉強を頑張ることと創作を頑張ること、つねに殊勝に振る舞うこと、それだけがありのままの私、によく似た
ありのままの能力や感性、性根を見てくれる機会のような気がして、がむしゃらに頑張った。
でも決して典型的な優等生というわけでは無かった。「頭はいいはずだけどちょっと問題のある子」、そのことも、今にして思えば一種の努力だったような気もする。
けどあるときを境にみごとにそれら全てがうまくいかなくなった。
どうしてだろう。私は、私のために頑張ろうとしただけなのにね。
何がいけなかったんだろうね。
本当だったら、口にすれば頭の良さが即証明! されるような、大学を受けるはずだったのに
それで私は、もっと、人にすごいと思われて、いろんな感情を向けられるんじゃないかと思ったのに
そんな妄想は意味なかったな。
創作も、できなくなってしまって、コンテストも大会もおじゃんになった。
と。どうしてこうなってしまったのかはいまだにわからないけど、因果関係のとっかかりは見えた。けど、やっぱりよくわからないな。
一種の、あまりに無意識的であまりに自滅的な試し行動だったのだろうか。
私が提出物や勉強を全然しないで「やればできるのに」と先生に期待混じりの叱られ待ちをする子供だったみたいに。
それか、なにか上手く行きかけるたびに失敗するっていう、これまた無意識の成した出来事だったのかもしれない。
高校の面談で「覚悟を決めろ」という話を担任の先生にされている最中に、数日前に「家族について、ひどいと思う」ということについての苛烈な文章を書いたときから崩れかけていた何かが、ついに決定的に壊れていった。
それからはもうずっと夢の中みたいで、勉強にも創作にも、何にも全然集中できなくなった。
パニックになった。駅前のビルで号泣した。授業中に足が震えた。
でも、何も変わらなかった。
今よりももっとひどい現実感の希薄さ、感覚の不良に苛まれていて、いつも、いいしれない気持ち悪さに爆発しそうだった。
気持ち悪かった。自分の立ってる地面が崩れ去って落ちてくみたいだった。
それでも頑張って学校に行った。けど、すこし休みがちになった。
成績はどんどん落ちていった。
できる限りベッドのなかいるようになった。いろんなことが、急に、自分の中ですごく努力しないとできなくなった。
でも、こんなになっても、友達も親も、先生も、誰もあたしのことをまともに心配なんかしてくれやしなかったな。
輝かしい私の理想についての話は誰もしない、みんないつもの、冴えない私を、もはや壊れた私に要求する
そして、それ以上は何も求めない、誰も私に期待などしない
気休めやこれ以上会話をしたくないがためのサインみたいに「そのことは今は気にするなやすめ」と言う
それができなければ頭のおかしい感情調節のできないやつだと思われるか、ただ怠惰で神経質な繊細さんだからそうなったと思われる。
私は何も変わらなかった、どれだけ頑張っても、私のことを見てくれる人間なんてやっぱりどこにもいなかったんだと気づいた
から、余計に、ぜんぶ嫌になった。
ぜんぶ嫌になった。
ぜんぶ嫌になった。
ぜんぶ嫌になっても生活は続く。
そして、続いた生活の先に今の私がある。
誰もまともに私なんかの話には付き合ってくれず、カウンセラーも信用できず、だから私はずっとずっとずっと、ずっと、文章を書き続けて
ようやく自分のことを理解できてきたしこの気持ち悪さも不調もよくなってきた、能力も別の形ですこしは戻ってきた
けど、今でも、どうなることが、どうすることが私の最善だったのか、分からない。
この世界に期待しすぎた私がよくなかったの?
私だって人に期待しないように、自らの手で誰かのまなざしを勝ち取ろうと頑張ってきたのに、それすら無意味だったのに
私は、それでも嘆いてはいけなかったのだろうか?
貧困に生まれた中で唯一自分ができることを活かして成り上がろうとしたサッカー選手がその足を失ったとして、この世を恨んだら、いけなかったのだろうか。
いけなかったのだろうな。
嘆いちゃいけないどころか、その事実すら上書きされて生きていかなきゃいけないのが、私の人生。
バカみたいだ。
私はいつも一人きり。
誰も私のことなんかわかってくれない。分かったふりをするやつも、分からないと開き直ってそれだけのやつもきらい、誰も私に関わる気なんかない
誰も私のことに興味なんてない
分かってるよそんな人間がこの世にどれだけいるかなんてことも、自分がそう言う人と比べたらまだマシかもしれないことも
だけどなんで私はまだそんなことも心から腹落ちできないんだよ
そんなの私が1番聞きたいことなのに、みんな、方法も言わずにこうしろああしろって
私に何を求めるんだよ
私のことなんか誰も見ないくせに
何も見ていないのに私を抱擁する親が気持ち悪くて吐きそうになった
これ以上何を求められても私には私を偽り続けることしかできなくて
そんなのずっと昔からずっとずっと頑張ってきたことで
だけど偽ることはとても苦しくて
これ以上私が私でなくなったら、私はどこに存在するの?
みんな私という存在を、この世から消し去りたいんだよ。
私なんかいらないから、この世から存在ごと、事実を無かったことにしたいんだよ。
表面上私を肯定するよと言ってくるひとも、じつのところ、そうなんだよ。
みんなが私を、私の中身を、くり抜いて、自分の好きなものを詰め込む機会を伺っている。あたしは、ピーマンの肉詰めである。
鳥でも牛でも豚でもどうぞって?
クソ喰らえだ。
クソ喰らえなんだよ、本当に。
「ありのままで存在していいと思えない」
といえば「それは当たり前だ」とどこかから怒号や嘲笑が飛んでくるのだろう
そんなこの世に疲れた
どうして誰も私のことを許しやしないし、私も私のことを許せないの。
誰も私のことを許さないとして、どうして私だけは私のことが、一番許せないの。
疲れた、けど、死にたくはない、けど、疲れた。
死んだら私のことを許さない奴らに迎合することになるから死にたくない。
けど生きてるのも疲れた。
え
私のことを許さない奴らって誰?
そんな人間いないのかもね。
だとしたら、あたしの頭が狂ってるんだ。頭のおかしいイカれた人間なんだ。
こんな頭のおかしさを誰か治してよ。そうでないなら、こんな世界で生きてる意味って、本当に、なんなんだ。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください