親戚が亡くなった。
集まった親戚はわずかの小さなお葬式。
夫婦や家族で来ていた親戚たち。
その中で私はひとり。
私も含め、血の繋がりのある人たち。
でも私は一人。
遠方だったり仕事の都合で
私の身内は出席できない(しない)ことが殆どで、
気づくと私はおじ、おばたちの葬儀に全て出席してきたことに気づいた。兄弟がひとり出席してくれたこともあるけど、私が一人で、が殆ど。
お香典の立て替え、それだけじゃないんだ。
着ていく喪服の支度、お香典の支度、葬儀場まで足を運ぶ労力、交通費、心を込めて選ぶお花。
喪主にかける言葉。
参列するまでにはいくつもの考えるべきことがある。
私の身内はちゃんと立て替えた分は後から払ってくれるけれど。
ご苦労さまと労ってはくれるけど。
家族や夫婦や親子の人たちの中で葬儀に出席し、ひとりで居場所のない思いを味わっている時、私の身内は連休に遊びに行く相談をしてたらしい。
自分たちの結婚式に足を運び、
たくさんのお祝いをくれた方のお葬式なのに「立て替えといて」で終わり。
虚しくてたまらなかった。
故人はとても優しい方だった。
だから見送る肉親たちも皆、優しい。温かなお葬式だった。
その優しさと温かさに心打たれながらも、私の孤独は思っていたより深かった。
家族のためにさまざまに心砕いてきた。
だけど遊びに行く時には、私は取り残される。
ひとりでずっと生きてる。
葬儀でも、血のつながりがあっても私は外側の人。
温かな輪には入れない。
ひとりで生きるってこういうこと。
生涯をひとりで終えた叔母がいた。
頑なで性格がきついと姉妹、兄弟たちから煙たがられていた。
最後はヘルパーさんの機転で病院で迎えた。
駆けつけた時にはすでに冷たくなってた。
長い人生をひとりで生きた。
頑なだったのには理由がある。
女性がひとりで生きるには、偏見や思いやりのなさが無神経な人たちからたくさんぶつけられたに違いない。
特に叔母の生きた時代では。
そんな中でひとり立つには、「何も気にしていない」顔で貫くしかない。
強くあること。
そうでなければ立ち続けられない。
叔母の姉妹兄弟たちは皆、結婚し家族がいた。私の母もそのひとり。
皆、安全と余裕のある立場からおばを批判した。
性格が悪い、キツイ、頑な、と。
叔母の心の中を覗こうとした人は誰もいない。
今ならわかる。
「ひとりでも平気よ」
そう装わなくては孤独とは向き合えない。
「だってしょうがないじゃない。自分でなんとかやっていくしかないんだから。あなたのママは幸せよ」と叔母は笑った。
そう、顔を合わせれば愚痴ばかりのママ。
愚痴なんて言っても仕方がない、自分で心を飼い慣らして無理矢理にでも納得させて、孤独だと騒ぎたがる心を宥めすかしていかなければ生きられない。
そういう立場になったことのない人は、簡単に愚痴をたれるし、表面に見えてるものだけで他人を批判する。
叔母の目には、そういう人たちが「幸せな人」と見えたのだろう。
今の私もそう思う。
安全な立場にいるから平気で不平不満や悪口を言える。
自分で自分を守らなければ生きられない叔母や私は、聞き手のいない不平も不満も愚痴も、孤独も心を蝕むだけ、強くあるために無理矢理にでも飲み込み消化できなければ潰れるだけ、と知っている。
だから取り澄ました顔でいた叔母はキツイと嫌われた。
愚痴を垂れ流すうちのママは、叔母にキツイことを言われたと文句を言いながら帰ってきたことがある。
甘ったれていると思った。
だから私も孤独に耐えてる。
だけど、昨日のあの温かな光景。
悲しみの場でありながら、そこかしこで目にする家族や夫婦たちの優しい思いやり。
そこに私はいても居なくても同じ存在。
ただの行き遅れの人。
可哀想なシングル。
そう思われないようにひっそりと凛と背筋を伸ばし、周囲に配慮し余計なことを言わないよう自制し、火葬場への参列は辞退して皆を見送り、ひっそりと葬儀場を後にした。
火葬場へ同行しなかったのは、そこからは故人と苦楽を共にした家族や夫婦の時間だと思ったから。
私は誰とも何も共有していない。
だからひとりの時間に戻った。
一人の道を辿って帰宅した。
激しい疲労感、経験したことのない孤独、人生を今すぐ終えてしまいたい、消えてしまいたい強い誘惑と闘った。
私が消えても誰も困らない。きっと悲しまない。
周りは戸惑うかもしれないけど、すぐさま私は過去の存在になり忘れられる。噂話のタネだけ提供して消える。
たくさん眠れば少しは楽になるかも、と思った。
ダメだった。
心が重い。体も重い。
なぜか筋肉痛。
久しぶりに高い黒のパンプスを履いたから。
色々入った黒いバッグを腕からぶら下げていたから。
行きには、満員電車で潰れないよう必死で庇いながら花束を運んだから。
そして孤独を跳ね返そうと、惨めったらしく見えないようにと、背筋を伸ばし続けていたから。
外で頑張って跳ね返した孤独が一人になった途端に帰ってきて私を取り囲み体の中に入り込み居座ろうとしてる。
葬儀の後ひとりでいるのって、良くないね。
たとえそれが直接の家族でなくても。
AIに聞いても「苦しまず醜くならず惨めったらしくない死に方」は教えてくれない。
そのくせ上っ面な寄り添い方をしてくれる。
「その重さ、どれくらい?」
「温かい飲み物はある?」
「今夜は暖かくして早く眠って」
「どう?どれかできそうなことはある?」
いいから、そういうの。
何をしても解消できないと知ってるから。
孤独と結婚して私は生き続けるしかない。
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小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください