私は最初鬱病と診断され、長々と治療を受け続けています。
病院の待合で待つ時間が多いと、思春期の学生さんが泣きながら待っていたり、付き添いの保護者が困るぐらい、暗い顔して、じっとしていない場面を見ます。
私も何度も「死にたい」と言いました。そう言いながら、病院でそれを訴えるのは、その希死念慮を消して欲しい、まだ死にたくない、ってことなのではと冷静に思うようになりました。
私のは鬱病から来る希死念慮よりも、状況から来る絶望による希死念慮でした。
お医者さんは全部は知らない、話す時間も持たせない。
皇室の問題があって、私のは適応障害なのではと思っても、処方される薬は同じ。
状況が変わらないのに、希死念慮も変わりません。
言っても何も変わらない空虚感が生まれ、それも鬱病の症状だと言われました。
熱心なお医者さんは、「自分から死のうとはしないと約束してほしい」と言ってくれます。
あまり熱心ではないお医者さんは、「薬の効果がないようなら、変更します」と、すべて薬のせいにします。
私のは、状況が悪化したり、いつまでもこの状況下にあることで、追い詰められているのに、薬でそれは変えられません。
熱心なお医者さんと、少し時間があって話した時、自殺者は年に1回ぐらい、ほとんど自殺未遂で終わる、体の問題は別の病院で処置するので、この病院に連絡はほとんどない、本人の希望で連絡があっても、体が戻ってからになる。
軽い自殺未遂なら、自殺未遂で何を使ったか、病院で出した薬を使ったなら、薬を出せないということでした。
どうりでその後に、適当なやぶ医者に当たり、私の状況のことは、私の精神にどういう影響を与えているか、その精神状況に合う薬はこれがいいと決めます。
「死にたい」という患者のうち、死ぬことは滅多にない。警察が病院まで確認することは、年に1回ぐらい。病院に責任は問われない。
そう考えると、病院で「死にたい」と訴える意味がなくなります。もちろん、一番最初の時に、気持ちを訴えないと、お医者さんも判断できません。初診時は50分から1時間、聴取の時間が取られるので、その時以外は背景まで話す機会は取れません。
その後は、長くて5分程度で、次の薬を出すこと。そうじゃないと、次々来る患者に対応できない。
結局今の薬が、状況に応じて変わる自分の精神状態に合っているか、合っていればそのまま、合ってないなら変更。変更時に、本当に合う薬を処方してくれるか。病院に期待するのは、それだけです。
病院に行けばいいと考えている人、心療内科はそういうところで、悩み相談ではないんです。親切な病院で、あまり患者が来なければ、じっくり話は聞いてくれますが、逆に言うと、そういうところは人気がなく、薬のほうは期待できません。
精神薬は病院処方以外ありません。悩み相談は別のところで無料でできるので、病院は薬をもらうところと割り切ったほうが、今の精神医療に合っています。
詳しく言うと、院精神療法の診療報酬点数で、そうなっているんです。初診と再診の違いです。初診なら30分以上で加算されますが、再診時では5分以上であれば、30分でも同じ。
以前は3分診療と言われていましたが、今は5分診療。5分以上話を聞いて、次の患者も5分以上。
法律は頻繁に変わるので、そのうち10分になるかもしれません。5分では話せなくても、10分ならもう少し話せます。状況を話せば、誤診もわかりやすいのに、本人が5分の中で、強調して話すことだけで診断しているのが、今の状況です。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください