たぶんずっと自己肯定感が高い人は
この感覚がないのだと思うけど、
私はずっと、
「許せない」っていう感情が
湧いてこない状態だったのです。
自己肯定感が低くなると、
自分には誰かを怒る価値がない、
みたいなことを考え始めるから、
「自分の尊厳を尊重する気持ち」が
無くなってしまうのです。
ゆえに「許せない」という気持ちを
感じなくなるのです。
他の人にとって
「許す」っていうのは、
感情が絡むことなんだな、
というのを最近認識し始めました。
私にとっての「許す」は、
ダメな自分を排除しないこと。
子どもな自分にも、陰の自分にも、
生きていることを許すこと。
そして、他の人に許してもらうことは、
自分の許し方を学ぶことだと思っています。
私には自尊心が芽生えたばかりなので、
「許せない」みたいな気持ちも薄いし、
それゆえに「許されること」に対して
感謝の気持ちがあまり湧いてこないのだと思います。
(申し訳ないです…。
あとはたぶん、小瓶のお返事とかを読めていないから、誰かに支えられているという実感を感じにくいのだと思います。)
どうして私は許されることに感謝できないのか、
ということを悶々と考えていました。
ー
ひとりで考え続けていると
思考が変な方向に行ってしまうらしいです。
でも相談するって怖いのよな(´・ω・`)
自分に軸がないうちは、
90% くらい、相手の価値観の影響を受けてしまうから(´・ω・`)
今は…80%くらいに減ったかもしれない
いったん相手の価値観に
まるごと飲み込まれるの(´・ω・`)
でもそのあとで自分の考えを築く力が
前よりもパワーアップしている。
ー
今日は嫌なことがあって
もやもやしておりまする。
なんやねんって
思っておりまする。
やっぱり嫌いだなって。
んーーー
なんか
もう少し
伝え方なんとかならないのかな。
あ、もやもやしてるのは
リアルでの出来事に対してなので。
ネットにいる誰かにもやもやしてるとか
そういうのじゃないです。
今までは
誰かの「ありえない」に
振り回されて生きてきたけど
私も最近
「これはありえないな」とか
「私はこういう人は無理だな」とか
そういうのが見えてくるようになりました。
私が無理だなって思う人は
大体がこちらのことも無理だなって思っていたりする。
おたがいさまだよね。
関わらないのが吉だよ。
否定し合うことは何も生まない。
ただお互いの心に傷を作るだけ。
前は「無理だな」とか「嫌いだな」とか
そういう感情を持つことへの罪悪感が強かったから
(というか封印していた)
今よりも生きるのがしんどかったんだと思う。
ー
高校まではみんなそれなりに
ほわほわ生きているけど
中学、高校、大学…
みんなそれぞれ
色んなことを経験して
少しずつ、それぞれの価値観が確立されていって
「私はこれがいちばん大事」を持ちながら
生きていくのが「大人」という時間なんだ…って
最近は思っている。
んーー、でもそんなことないかな。
だってもともとの性質というものも
少なからずあるもんね。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください