姉は中高生の頃に統合失調症を発症しました。
私がまだ小学生だったので、なにがなんだかわかってない時期です。姉との年齢差が大きいので。
その頃のことをあまり覚えてないのですが、それまで「いいお姉さん」と親や他人に言われるためにも、私にいい姉ぶっていたのが、露骨に暴言、嫌味、わざとぶつかる、などが始まりました。
また、親に対しての態度も変わりました。父が暴力を振るうので(いわゆるDV)、父の前では露骨にはしませんでしたが、学校で被害妄想なのかどこまで事実なのかわからない、同級生との問題を起こし、担任の先生から母に連絡が入って、そのことを母が私に話したのです。
話を聞いたのが、もう私が中学か高校で、いくらなんでもそれは姉がおかしいと思いました。
同級生から疑われた、ものすごく心外だ(といっても落ち込まず、その同級生への敵対心、怒りをぶつけるばかり)、そういう時によくある学級会で、延々と自分の言い分を主張した、というものです。
疑われたのが事実だとしても、無関係な他の同級生にまでそれらを長々と訴えたり、自分は学級委員だから~!と言わないですよね。それに家での私への態度を考えれば、おかしいのは姉だと私には思えました。だけど、母は姉の言い分をその時は優先したんです。(と言いつつ、なぜか小児科に相談に行っていたことがずっと後で判明)
私も親の不仲、子供には理解できない父と母のいびつな関係、父の暴力、母の子供に向ける無関心、子供にかかる費用の出し渋りなどにずっと悩まされました。他の友達は勉強や学校のこと、宿題、持ち物を母親に話したり、相談します。うちは話そうとしても、自分ばかり話して、子供の話は耳にも入っていない、お金のかかることは、我慢しなさい、贅沢言うな、自分の子供の頃は~、で、学校で必要な文房具も新しいのが買ってもらえないんです。シューズなどでも高い高いといって、私が成長するのが悪いかのように言っていました。
暴力を振るう親、自分にはお金かけるのに子供にかけない母親、成長するにつれてわかる自分の家のおかしさ、将来への不安、私だって気が狂いそうになりました。
統合失調症は遺伝説が強いですが、父がまったく精神病と認めなかった理由に、自分の親族で一人もそういう人がいない、見たこともない、母の親せきにもいないから結婚を決めたのに、そう言うんです。万一、精神病なら母の血縁のせいだ、そういって母を罵倒するんです。精神病への極端な偏見は、姉が発症する以前、差別という差別すべてに対して両親ともありました。母は父より早くにそうじゃないかというものがあって、言わなくなりましたが、私が学校で外国人差別その他のことを習って帰っても、いくらでも差別発言があった上に、私の参観日にその題材が挙げられた時に他の母親は、もし子供の結婚相手が、という話の時に、うちは絶対認めません、と、他の母親の前で言い切るほどで、先生も困ったと悲しそうな顔で言っていました。
発症後の姉がそのままなんです。私や他の人はろくな大学も出ていない、だからクズだ、自分は優れているから、他の人が自分に従って当然、そんなの普通の人は言いません。他の統合失調症の人でも、そういう偏見的な暴言はめったに聞きません。
正直なところ、子供の頃デパートでヒステリックに叫ぶ女性を見たぐらいで、明らかに狂っている人を見たのは姉が一番最初でした。姉なので、狂ったというより、おかしくなったと思って…精神病名なんて知りませんでした。
私がいくら言っても病院に連れて行かず、でもこれじゃないかというのは考えていました。そして恐ろしかった。その病気は改善する方法や薬がない、進行を止める薬しかないということ。
両親のせいだとずっと思っていました。私自身狂いそうになるほど、常識からかけ離れた親。
だけど、もっと後になって、私が姉がいなかったらよかったのに、と思っていたことを思い出しました。発症するまでの姉は優等生で、私はその影でしかなかった。親は姉もろくに見てなかったけど、私よりは将来を期待されていました。私を見てもらうために、私にもっとお金をかけてもらうには、一人っ子のほうがよかったのに、そういう思いはどこかにありました。
それをいうなら姉は、私が生まれた時に赤ちゃん返りをおこしたそうですし、私という妹なんていらない、自分ひとりでいいじゃないか、妹の私がいなかったら、両親はこんなに喧嘩しない、両親とも姉だけ見てくれたはずじゃないのか、そう思っていただろうと。
私がいなかったら姉は発症しなかったんだろうか。
その思いで、いろんな統合失調症の発症例を探し続けました。遺伝以外で発症することはいくらでも症例があります。その共通点は家族の中に必ずという支配者が存在する、ということ。うちなら言うことを聞かないと暴力で言うことを聞かせる父親。
でもDVのあった家族が全員、統合失調症を発症していません。私も姉妹なのに発症していません。何が違うのか。私は次女だから、姉の行動を真似して、こうすると親が怒る、こうすれば褒めるという要領の良さがありました。また、親の目が姉に向けられていることが多いので、その目を自分に向けようとせずに、自分のしたいことをその間にするという気楽さもありました。
物心ついた時から、親の注目を集めたいなんて思ったことがないんです。この人らの注目なんてもらったら、暴力や嫌な思いをするだけだ、そう感じ取っていました。姉はそうじゃなかった、親の目を引きたい、褒められたい、自分だけに。
暴力を振るう親でも、ろくに子供の話を聞かない母親でも。だからこそ、妹なんて存在はいらなかったんじゃないか。だから発症後、私への目、私への態度は敵同然なんじゃないか。
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