高校生の時、留学を薦められた。自分は興味がなく、国内の大学に進学したかった。話し合いをしようとしたが、「国内の大学は通わせない」「君は何で俺ら(両親)の話が理解できないのか」「君はコミュニケーション能力が低い」「そんな言動するなんて頭がおかしいんじゃないの」「やることなすことくだらない」「周りの人みんな君の事変な頭のおかしな奴だと思ってるよ」等の返答をされた。
親に自分が真剣に考えたキャリアプランについての相談ができない。それどころか、親の話を理解できていないと言われ、自分の理解力が低いのだと辛い気持ちになった。この会話を聞いていた母は「この子は人の話が理解できない子なんだから、仕方がないでしょ こういう会話しかできないんだよ」と言っていて、自分の人生の重要な場面なのに自分の意見が無視されている状況をとても悔しいと感じた。
また、父は普段の私の言動が気に入らないと親戚の集まる場や家族ぐるみで親交があった私の友人家族との夕食時、飲食店の店員などに私の愚痴をこぼす。こういう言動をされると正直もやもやし、辛い気持ちは抱いた。しかし、周りは私と父のこのような会話を聞いてただ笑うだけだったため、私の言動は普通とはずれた、おかしい思考回路を持つ人間なのだと受け入れるようになった。
親は正しい。自分は間違っていて、周囲は親を支持する。普通は他人の家族に誰も口出しなんかしない。ただ見ているだけ。他の家庭の親がどのように子供に接しているのかは比較の仕様がなかったから、自分は親の言動を辛いと感じつつも、完璧な親はいないから多少の事は我慢しなくてはいけないと思うようになった。まるで、両親が私を運転席から適当な理由をつけて引きずりおろしているような感覚を覚えた。結局、海外の大学に進学すると伝え、3年半程行くことに決めた。正直、何年経ってもあの時どうして自分の考えを信じれなかったのか、自分の人生を自分で決められなかったのか、後悔を繰り返して、情けない、やるせない気持ちになる。
しかし、留学をして数年離れた事によって、少し冷静に自分の状況を見れるようになった。すると親の私に対するコミュニケーションの仕方に疑問を持つことが出来るようになった。父は私の考えには何も興味はなく、自分の願望を叶えるための道具のようにしか思っていなかったのだと感じた。
今も実家で暮らしていて、親が機嫌が悪くなると少し私の言動が気に入らないと感じると、冒頭で列挙した親の言動に加え、過去の私の失敗や今の実家暮らしをさせるにあたってどれほどの苦労があるか、どれほど親がつらい思いをしてきたのか説教をしてくることがある。しかし、そうかと思えば逆に私の好きなスイーツや物を買ってきて私の機嫌を取ろうとすることもある。おそらく精神的虐待を継続するにあたってアメとムチで逃げないようにしているのだと思う。
親の考えはわかっているつもりでも、親から長年刷り込まれてきた「自分の意見、行動はくだらない」という言葉や日々の親からの過干渉なふるまいが精神を不安定にさせていると感じる。甘えなのかもしれない。家族の不満や問題は全て自分のせいにされることが多く、辛い。今年中にもすぐに家を出て、一人暮らしをして、この親との共依存の関係、親からの暴言から離れて、自分の人生を取り戻したい。
ただ、周りは親を立てようとするし、親は外面がいいから周りの人には信頼をされているようで、私からすれば、味方はいないような感覚に陥ってしまっている。なぜ私は経済的、精神的に自立をしたいだけなのに、親はそれを妨害してくる。なぜ私はこのような困難に遭わなければいけないのか。出口の見えないトンネルを歩いているようなそんな感覚に襲われる。親の味方しか周りにいない気がして、孤独感に押しつぶされそうになる。味方がほしい。身体的虐待を受けたわけでもないから、こんな親の文句を言って行動していないのはただの自分の甘えなのかもしれない。ただ、悩みを聞いてくれる人が欲しい思った。
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