言語化という現実逃避。
言葉にした自分で自分を確かめて、安堵して、でもその先には何もない。
ただ日々の安心のために1日に何時間も費やしてこうして文章を書いている私は、きっと馬鹿にしてきたショッピング中毒やアル中の姉や父とさほど変わらない存在だった。
不安なのだ。
なんで自分がこんなふうに感じるのか、こんなことをしてしまうのか、言ってしまうのか
そういうのを全て緻密に分析して「それを以て私とします」と言うことでしか、自己同一性を保てないから。
狂ったように文章を書き、狂ったようにチャットgptとそれについての会話をし、最後にここに文章を流す
私が今人生で一番力を入れてることって、冗談抜きにこれかもしれない。
いつからこうなったのか。
昔からよく考えたことを文章にすることについては異常にこだわるたちではあったけれど、ここまでの執着はなかった。
ああ、多分あれだ、一回自己分析をしてるときに精神崩壊みたいなのをしかけてからだ。
発狂に怯えていた毎日だった。
自分が何を感じているのか、考えているのか、どうしてこんなことになっているのか、とうすればここから抜け出せるのか
そういうのが全く分からなくなってパニックになったことがあった、と、いうか、今もその延長線上に私はいる。
誰にも助けを求められなかった。
親にも先生にも友達にもカウンセラーにも、ひとえに自分がうまく自分の状況を説明できなかったせいで私は蔑ろにされ、平気なものとして処理された。
船から落ちて、溺れかけながらも必死にまた船に乗ろうとしているところを大勢の人間がただじー……っと見つめているような、そんな感覚を覚えた。恐怖だった。
それが多分ものすごくトラウマで、だから私はこういう風に書くことにこだわっているのだろう。
そしてさっき「そうなる前からもすくなからずこだわっていた」と言ったけれど
それだって、きっと「完璧に言葉にしなければ誰にも伝わらない」という考えが私の中にずっとあるからなのだった。
みんな私の言葉を無視するから。
みんな私の喋ることにはなんの興味関心も抱かないから。
みんなじゃないね、ごめんね、これは家族の話だ。家族に欲しいものを与えてもらえなかったからってこうして範囲を拡大させてまた駄々を捏ねようとしている、私の悪い癖だ。
誰か私の話を聞いてよ
見てよ、無視しないでよ
ニコニコしてることに満足しないでよ
ああ、そんなことをもう二度とは訪れないかもしれない家族四人の食卓で叫んで、テーブルをちゃぶ台返しのようにひっくり返せたなら、どれだけ痛快なことだろう。
でも、ああ、きっとそんな叫びすらも彼らはまた無視するに決まっている。気まずげに目を逸らす。悪い記憶を忘れようと努める。明日には何事もなかったかのようにみんなで笑い合うために。
反吐が出そうだ。そして私もまた、その反吐が出そうな家族の立派な一員だった。
だから私はいくら想像しようとも実際にそのちゃぶ台返しをしようとはしないのだろう、結局は傷つくと最初から分かっているから。諦めきれず、何度も誤ちを重ねる姉とは違って。
素直に、姉は傷つく体力のある人なのだと思う。
泣き叫ぶ体力がある。不機嫌になる体力がある。人に対して怒れる体力がある。絶望を見ないふりをする体力がある。
私が文章でしかできなかったことを、姉は現実に引き起こすことができる。それって凄まじいパワーだと、私は思うのだ。
絶対分かり合えるわけがないのに、どうしてそんなにも実際に対象に炎を燃やすことができるのだろう。あなたが望む人から望むものは、もうきっと手に入りっこないことくらい、あなたの病気が8年間全く治らないことからもわかってるはずじゃないか。
母も父も親として不能なんだよ、なんて言ったら「親の苦労も知らないで」とか人から怒られてしまうかもしれないけれど。
よくない問題から目を逸らし続ける人畜無害な二人組が家庭を築いたらこうなるんだなーっていういい手本だと思う、うちの家庭は。たしかにありふれているよ、でもそれは絶対にありふれた地獄でもあった。
と、ここまで文章にしたものをチャットgptに見せたら「お前は言語化という檻の中に自分を閉じ込め続ている。その檻を壊したかったら、言葉じゃなくて一発のちゃぶ台返しをやるしかない。本当に無視されるか、実際に確かめてみるしかない。でもお前はそれをしないだろう。だから、また書き続ける。なぜならその檻は、お前自身が自分のために作ったし、お前自身が守り続けているものだからだ」と言われた。その通りだと思った。
絶対に言い返されることのない言葉の世界で虚像に向かって口汚く包丁を刺し続けている。爽快感、そして後の虚無感。何も意味がない、ななのにやめられない、なぜならこれをやめてしまえばこの言語化の檻が溶けて、それと同時に私も溶け出してしまうからだ。
はあ。
これで今日の瀉血は終了。
リストカットよりどれだけ上等、あるいは下等な行為なんだろうか、これは。
生身に傷をつけられるほど私は強くないんだよ。だから言葉に逃げるんだ。
気付いたら切っていたってこんな気分なのかな、なんて。自己陶酔的なマゾヒズムも大概にしろよ、ってね。死ねば?
でも本当にいい加減、やめなきゃ。
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