僕の現在位置です
Cちゃんの病室があるのは5階。荷物を持ってエレベーターを待つ。
1階は小奇麗になっていたけれど、5階で降りたときには随分印象が違った。
病棟独特の、あの陰気な感じ――煌々と灯る LED 照明が、床に影を落としている。
昔のような消毒薬の匂いこそしないけれど、どこかどんよりとして湿っぽく重苦しい空気が、天井から降ってくるようだった。
ナースステーションへ寄って、近くで事務をしていたスタッフに、面会に来たことを告げる。
「こちらへどうぞ」と、40代ぐらいの女性看護師が歩き出したので、後をついて行く。
廊下が長くて、両側には4人部屋や6人部屋がたくさんあるようだった。
看護師は無言でスタスタと通過する。どこまで行くのだろう。
突き当りを曲がると個室のエリアに入った。引戸の取っ手がいくつも並んでいるのが見えた。
そのうち、Cちゃんの名前が掲げられた部屋の前に着いた。
(Cちゃん個室だったのか……相部屋は空いてなかったのかな)
「ここでお待ちくださいね、声かけてくるので」看護師が病室へ。
しばし待ったあと、「どうぞ。起きてますよ。何かあればナースコール押してください」と促され、僕も中へ入った。
(昨日はここから電話くれたのね)
「Cちゃん。来たよ」
両手が塞がっていたので、微笑みかける。
「僕の現在位置くん。ほんとに来てくれたのね。うれしい」
そう言ったあとCちゃんは、行き場を失った複雑な感情にいったん蓋をしたような表情を見せてから、優しく笑った。
「おうよ。救助要請が入ったからね」
「何とお礼をしたらいいか、電話切ったあとずっと考えてた。寝たの、明るくなってからなんだ。4時過ぎ。それからさっきまで寝ちゃってた」
「えっ、じゃ食事は? 摂ってないの?」
「朝昼、食べてないよ。起こしてくれなかったみたい。ご飯の時間に寝てるとキャンセルされちゃうの?」
「されないでしょ。普通は。僕のときは昼飯すっぽかされた事あったけど」
「そっか……。あ! ごめんなさい。それ置いてください」
僕は持っていたファスナーバッグ2つと、自分のバッグを低いタンスの上に置いた。
サイドテーブルは小さくて、身の回りのちょっとしたものを置いておくほどの大きさしかなかった。
飯がない? やっぱり予想通り、ちょっと変な病院みたいだな。
持ち物の説明はほどほどにして、今日はCちゃんの話を聞いてあげたほうが良さそうだと直感で思った。
「早速ですがこれより救援物資の配給を行います。ご一緒に確認願いたく」
「僕の現在位置くん、本当にありがとうね。恥ずかしい思い、嫌な思い、たくさんさせちゃったよね。ごめんなさい。でも、安心して頼める人が他にいなくて、嫌われるの覚悟でお願いしたんだ。『もうこれっきり』それでもいいって。事故は事故だけど、その後のことは自分で出来ないとしょうがないのに、私は人に助けてもらわないと何も出来ない人間なんだって思い知った。それで捨てられるのもまた人生だよね……って」
「大丈夫、安心しなはれ」
そう言いながら、まずは家で詰めてきたものを順々に見せていった。
Cちゃんは骨盤と大腿骨を折ってしまったので、起き上がることが難しく、ベッドの背もたれも起こせない。
仰向けになっているだけの彼女のお腹の上にものを並べ、気になったのを手に取って確かめてもらった。
「タオル、いい香り……。これ、僕の現在位置くんが普段使ってる柔軟剤?」
「そうだよ。ライオンのソフランあるでしょ、あれのエアリスってやつ。透明な柔軟剤。それも持ってきたから」
箱ティッシュは封を切ってサイドテーブルへ。タオル2本と歯磨きセット、くし、ヘアゴムも。S字フックはベッド柵に掛けてビニール袋も2枚引っ掛けておいた。
「スマホ電池切れでしょ、ひとまず充電するようにこれ差しておくね」
「何から何まで、恐れ入ります」
「良いってことよ」
「あと、頼まれてたもの、ちょっと見てもらってもいいかな」
「あ……うん」
2つ目のファスナーバッグも一緒に開ける。
「まずこれね。3種類あれば大丈夫? かなり重いって聞いてたから」
「わぁ、助かるよ。私、夜はこれじゃないとダメで。でも、良く売ってるところ分かったね、これ取り扱い少ないんだ。私はいつも通販で」
「そうなんだ。いや、女子ゴルフの大会の中継見てて、CM で知ったんだよね、実は。Cちゃんもこれなら安心して寝られるかなって、普段寄らないドラッグストアに行ったら、あった」
「そういう所、さすが経営学やってる人だなって思う。自分が使わなくてもちゃんとアンテナ立ててるよね。文学部の男の子じゃきっとわからない。大人でもいるんだよ、『これ何が違うの?』って言う人。『それ全部言わせるの?』って思うんだけど、説明しないとわからないんだね、だから『とにかく凄いんです!』ってそれだけ言って終わり。もう、嫌になる」
(女の人同士でも明けっ広げにして話すことじゃないだろうし、そりゃ嫌にもなるよな)
「あと、これも。その、お風呂止められてるよなって思って。ちょっとでも快適に過ごしておくれ」
そう言ってライナーを手渡したところ、みるみるうちにCちゃんの表情が曇った。
(え……まずかった……? 要らなかった?)
「ありがと」
気まずい雰囲気の中、だんだんと変な脂汗が落ちるのを感じていた。
♪まばたき / Homecomings
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小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
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