母はいつも明るくて楽しそうでいいお母さんだと思います。
だけど人間として合わないなと思うこともあります。
物心ついた時から意識しないでも母はかけがえのない特別な存在だと思っていました。だけど、母はよく他人と私を比べています。
小さい頃から、お父さんがあなたはわがままだと言っていたとか誰々ちゃんのお母さんがあなたは無愛想だと言っていたとか、よく母は、他人からの評価を使って私を注意していました。
他にも、あなたより誰々ちゃん、誰々君の方が大変よ、あなたなんて全く大変な方じゃないと言ってきます。きっと、これは母なりに慰めてくれているのかもしれません。母はかけがえのない特別な存在だと思っていたから、認めてもらいたかった、誰かの方が大変とかじゃなくて、私もみんなと同じくらい努力しているのだなと思ってほしくて一生懸命頑張ってきたつもりです。
私自身、母には自分も努力していることや自分も大変なんだとわかってほしくて思春期の時なんかはよく反抗してしまいました。しかし、それでもわかってもらえず、ただ私が怒りっぽいと思われるだけになってしまい、逆効果。ますます、わかってもらえない結果になってしまいました。
母は私が選んだ選択肢に対して、私が言った方を選べば絶対上手く言ったのにとよく言います。ただ、私をまっすぐ見てほしいだけ。私の選んだ選択肢も認めてほしかっただけ。でも、これは、私をここまで育ててくれた母に対して、私は贅沢な要求をしていたと思います。
もちろん、私にも、不安で寝れない日もあったし、夜には涙がとまらない日もありました。そんな時、みんなも苦労してるのにあなたが泣いている意味がわからない、そんな言葉をかけて欲しかったわけではありません。そんな時まで他人を出さないで欲しかった。育て方を間違えたなんて言ってほしくて泣いていた訳ではありません。
きっと母も今まで苦労してきたんでしょう。それでも育ててくれたことに感謝しています。尊敬もしています。でも、お母さん、あなたは一体誰の味方なんですか?
(ここまで読んでくださり、ありがとうございました)
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七星
一番身近に感じる母親にこそ、自分のことをしっかりと理解してもらいたいという気持ちが伝わってきたよ。
そうだね。君のお母さんは少し配慮が足りないかもしれないね。
君のお母さんと誰かの会話なのに、わざわざそこに居なかった君に伝えるのなら、君に伝えるときは少し気を付けないといけないんだ。
なぜなら、当事者同士の会話の中にあった言葉のほんの一部だけ切り取って、第三者に伝えるというのは、本来の意図していた話と「全く逆の意味」になる可能性が高くなるからね。
例えば、山田くんのお母さんが「うちの息子、今回のテスト、数学は満点だったの。でも英語が苦手で、赤点だったのよ。理系でも英語が出来ないと受験の時に困るだろうから、毎回テスト期間中が気が気でないわ。」と君のお母さんに言ったとする。
(この人は英語の出来が良くなくて心配だ、という話をしたんだ。)
そして君は英語が満点で、数学が平均点だったとする。
すると君のお母さんは「山田くんなんか数学が満点だったのよ。平均点なんて足りないわ。あなたももっと頑張らないとダメじゃない。」と君に言う。
(数学の話しかしていなくて、赤点だった英語の話は省略した。)
つまり、君のお母さんは情報を故意に操作してしまっているんだ。だから君は誰かに自分を貶されているように感じるんだ。これを「劣等感の植え付け」と呼ぶよ。
君のお母さんはね、確かに君のこと愛しているよ。それはもう無条件にね。君が可愛くて仕方ない。だから君の出来ていないことを「まるで自分が出来ていない」かのようにお母さん自身が感じてしまうんだ。君も母親になったとき分かるかもしれないね。
劣等感というのは悪い面だけでなく、やる気のバネにもなる良い面もある。君のお母さんはこれを使って「負けず嫌いの君を」引き出そうとしたのかもしれない。残念ながら、「植え付けの劣等感の種」だとその実が育つことはないんだ。その種で君は「疑心暗鬼」になってしまったんだ。
お母さんは君の味方であることは確かだけど「少々厄介なところがある」ことも確かだね。
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