例えば母親に
『今日の夕飯食べたいものある?』
と聞かれて
『カレーが食べたい』
と俺が答えたとする。
カレーとしか答えてないがカレーライスの事だ。
ビーフかポークかチキンか分からないけど、この3つのどれかが出てくることを期待している。
肉なしだったり、シーフードカレーが出てくるなんてのは想定してない。
カレー+ナンだったり、カレーうどんが出てくるとも思ってない。
母もそう認識してるだろう。
だからカレーで伝わる。
明確にビーフカレーやカレーうどんが食べたかったら時は俺はそう伝える。
知人とごはんを食べに行くときにお店をどう決めようかと相手と相談するとき、
『何か食べたいものあります?』
と聞いて
『カレーとか食べたい気分ですね』
なんて言われたら俺は追加で確認をする。
普段どんなカレーを食べているのか。
カレー専門店が良いのかメニューにカレーが含まれていれば良いのか。
予算はいくらくらいまでを想定しているか。
そんなことを確認しながら相手と店を決める。
カレーのスパイスがどうだとか、どろどろしたカレールーが良いのかとかスープっぽい感じがいいかだとか、そんなところまでは確認しない。
そこまで考えてられないしお店のリサーチも難しい。
そうやって曖昧さのどこかに見えない境界線があって無意識に取捨選択してる。
こころの問題ってどうしたら良いのだろう。
病んでるとき、俺は曖昧さが許せない。
『頑張れ』とか『気持ちは分かる』とか
何なんだよってね。
頑張れの定義は何だよ?
具体的にどうしたらいいんだ?
気持ちは分かる?何故そういえる?
答えなんて出ない不毛なことだ。
曖昧なことを許せたら楽なんだろうな。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
ななしさん
> そこまで考えてられないし
> お店のリサーチも難しい。
これがその日の相手に合わせられる境界線。
そして、それ以上は細かさについては棚上げした。
心の問題も以下の二点に当て嵌まったら、
その場面では考えるのを
放棄してもいいと私は思うよ
・そこまで考えてられない
・リサーチをする気も起きない。
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