新・天城トンネルの話についても書した小瓶だと思いますが、それも保存をしてくださった方、この度も光栄で嬉しい限りです。この度もありがとうございました。
なのにいつも、どなたなのか分からないので直接お礼を申せず申し訳ございません。
言葉で表現したり伝えられることは利点ではありますが、その背後にある現実をそのまま投影出来てるとは限らない。
同じことを見聞きしても感じ方や捉え方、それを基にどのような想像を膨らませたりするか?も人によって千差万別。
言葉で表現する上ではそういった盲点もあるものですね。
寄生虫や汚れを落とすなどのために鶏には砂遊び(砂浴び)をしたい本能もあるそうです。
砂が無いケージの中でも砂遊びの真似事をするそうです。
人間によって、それさえも許されない状態に抑え込まれ…
競馬に利用される馬は子供の頃から調教され始めることも先頃までは知りませんでした。
だから、「人生なし、自由なし…」のまま生きるしかなかった挙句の果てには、「血と〇しかない」という言葉が、その方の中から出てきたのだろうと思います。
その方が心の中で見て紡いだこの言葉の意味や深さをそっくりそのまま余すところなく他の誰かの心の中にも響かせることは難しいかもしれませんが、その内の何割かでも響かせることを出来る(出来た)ことには意味があることだと感じさせられました。
小瓶を拾って読んでいただき、ありがとうございました。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください