僕、一般家庭に生まれた普通の男の子。
両親は仲よくて、生活に特に不自由もない。
生まれた時から親にはよくいろいろ経験させてもらった。小中高時代は、おしゃべり好きで人を笑わせることが好きな「オモロイ奴」だった。
でも、オモロイ奴には秘密があった。今だと思う。「オモロイ奴」はきっと後天的に獲得されたんだ。
僕は全くモテなかった。女の子の友達も普通にいたし、男女の仲良しグループにも入ってたけど、彼女ができたことは愚か、手を繋いだことも、デートしたこともなかった。
同じグループの男友達や親友は、運動系文化系問わず全員彼女がいたのに。
あいつらに対しては、体育祭とかの行事の時、女の子たちのツーショット希望が絶えなかった。でも僕は男の後輩達、良くても「女子男子グループ」ばっかで、2ショットは撮ったことがなかった。
僕だって男子だったし、所謂「青春」を謳歌したかった。彼女がいると言う意味での「リア充」になりたかった。
だから幼い頃からモテるためにとにかく頑張った。運動、勉強、行事、清潔感。特にその中でも、トーク力には力を入れた。流行りのネタを仕入れ、話し方を研究した。ブスを自虐ネタにもした。
でも、もしかしたら学内一軍にはなれたかもしれないけれども、モテなかった。で、「自分の顔がブスなためだけに」モテないんだと悟った。
「ブスでもモテる人はいる」と自分に反論し続けて3年が経ってもモテなかった。だから、整形しようと思った。「金持ちになればモテる」っていう声も最早未来が遠すぎて、無視することにした。
そこからは早かった。男友達と女友達の両方に真面目に俺のどこがブスかを聞いて (今でも親友の、本当にいい友人達です) 父母も了承してくれて、とりあえず二重にした。永久に。
そしたらね、びっくり。死ぬほどモテる。
合コンでもモテる。逆ナンパもされる。彼女も速攻できた。笑っちゃうけどモデルにもスカウトされた。
最初は死ぬほど嬉しかった。色んなところにデートも行って、友達に沢山自慢した。本当にいい思い出がたくさんできた。
そこからさらに5年経って、思うわ。なんだ、こんなもんかと。
いや、多分恋愛に大満足しきったからではあって、何を言ってるんだって言う話ではあるんだけど、整形前の自分に今の状態を伝えたら、もしかすると当時の俺は整形の道を選んでなかったかもしれない。
人生の後悔はいくつかあるけど、後悔しないように彼女と遊んでた時間を費やせばよかったって思うこともたまにある。
でも、仮に費やしてたら費やしてたで整形しとけばよかったって思うんだろうなぁとも考えた。
結局、人生はないものねだりなんですね。
この単純な結論に、友人たちには遅れてたどり着けた気がする。
後悔多き人生の道程、それでも今現在、人生が最高だって言えるのは、俺が何か譲れない自信を持ち続けてこれたからだと思う。
俺は幸運だった。素晴らしい友人、両親、環境に恵まれた。それが人生を豊かにした理由。その理由や環境を作り出した要因の一つには、モテるためにした努力があるのかも、なんて、ブサイクだった自分、整形した自分を肯定できるようになった。
顔のコンプレックス(特にいわゆるブサイク)って、青春時代において残酷です。時には人生を狂わせてしまうケースもあるでしょう。
しかし、真には、それは人の顔がブサイクだから残酷なのではなく、周りの人や環境が残酷たらしめている。しょうがないけど。
遺伝子ガチャに外れたならば、何か譲れないものを持っていないと生き残れない、そんな厳しい時代。
俺らは、生き残っただけで、生きているだけですごいんだ。
悪意のない「ブス」いじりに、顔をひきつらないように頑張ってた僕へ。絶対負けるな。がんばれ。
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