半分くらいは、やっぱ、予想した感じの言葉(お返事)が届くなあ。
大体は、ぼくが自分自身にかけてる言葉と似たようなもので。それを、ぼく以外から言われることに慣れてなくて困惑したり。
有難いけれど、自分から聞き飽きてたりして、どう反応したものか……と。心がざわざわする。
予想するのとか、自分に声をかけちゃうのとか、やめられたらいいんだけど……もう自然とそうなっちゃうからなあ。
わからない人には、わからない感覚なのだろうし、べつにぼくはこれを直そうとは思わないけれど、
お返事くれた人に申し訳ないんだ。
せっかく書いてくれたのに、心から喜べないのとか、心から感謝できないのとか……ごめんなさい。って。
何も“心から”喜ばなくてもいいよ、と。
100%の感謝じゃなくてもいいよ、と。
ぼくの考える優しい人はそう言ってくれる。
ぼくの考える優しい人は、感謝に負の気持ちが混ざってても、嫌な気持ちが滲んでいても「大丈夫」って言ってくれる。
だから大丈夫なんだ。と思いたい。
実際そんな上手くはいかないのもわかってるから、結局、届いてからのお楽しみ♪なんだろう。ほんとに本当のところは。
ごめん。
ごめんなさい。
なんか謝りたいから謝らせて。
今日は
ありがとうはいらないか。
いま書いちゃったけどこれはただの文字。気持ち入ってないやつだからノーカンね。
じゃ、また
さよなら
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
すごくやさしい言葉をかけてあげてほしいです
名前の有る小瓶
皆様お返事ありがとうございます。
小瓶の方では感謝述べてませんが、こちらには
心を込めて
「ありがとう」
書かせていただきます。
届いた言葉(心)にも
届かなかった言葉(心)にも
人の体温を感じ、今を共に生きる皆に敬意を──
本当に、ありがとうございます。
ななしさん
「予想した感じの言葉」は、世の中の人と同じ感覚を共有しているってことなので、それは安心してよいと思います。
でも、自分で思いつく以外の、何か新しい視点や切り口のお返事が欲しかったんでしょうね。
「自分自身にかけてる言葉はこうですが、何か他の考え方や言葉があるなら、教えてほしい」ってことを書いてみてはどうですか?
ななしさん
正直だね。悪くない。
傾聴という優しさだね。
悩みはデリケートだからさ。
壊さないように、傷をえぐらないように。
ここだけでも安心できるように。
返事は予測通りかもしれない。
だけど、皆、一生懸命お返事くれる。
何よりもその気持ちが、あなたに向けられた
温かさなんだと思う。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
すごくやさしい言葉をかけてあげてほしいです