恋愛というものは、案外「好きです」の瞬間ではなく、その前後のどうでもいい時間に宿っている。
たとえば返信を待っている三分間。
たとえばコンビニで飲み物を選ぶ時、「あの人これ好きそうだな」と一瞬だけ脳内に現れる影。
たとえば何気なく開いたSNSで、相手のアイコンが緑色に光っているだけで、少しだけ世界の湿度が変わる感覚。
恋愛は劇的なものとして描かれがちだ。花束、告白、雨の中の再会。映画館みたいな出来事ばかりが並べられる。でも実際の恋愛は、もっと生活臭がする。充電が3%のまま続く通話とか、寝落ちした後の「ごめん寝てた」とか、そういう半端な場面の積み重ねでできている。
だから恋愛に失敗した時、人は「何が悪かったんだろう」と考える。もっと優しくすればよかったのか、もっと積極的なら違ったのか、と。けれど実際には、恋愛は数学ほど綺麗ではない。正しい言葉を選べば成功するわけでも、誠実であれば必ず報われるわけでもない。まだ。現代文の方が優しいね。
ここで少し厄介なのは、多くの人が「恋愛には理由がある」と思いたがることだ。
顔が良いから。
性格が良いから。
年収が高いから。
趣味が合うから。
もちろん、それらは理由になる。だが、本当に人を好きになる瞬間は、説明が追いついていないことが多い。
笑い方が変だった。
歩く速度が少し遅かった。
話を聞く時だけ目線が柔らかかった。
そんな履歴書に書けない断片が、なぜか胸に残る。恋愛とは、理屈の王国に突然入り込んでくる野良猫みたいなもので、こちらが整えた論理の机の上を平気で歩いていく。
そして不思議なのは、恋愛をすると、人は相手だけではなく「自分自身」を見せつけられることだ。
嫉妬深さ。
臆病さ。
期待しすぎる癖。
既読一つで機嫌が揺れる弱さ。
普段は立派な大人をやれていても、恋愛の前では急に不器用になる。だから恋愛は楽しい反面、少し怖い。鏡というより、内側まで映るガラスケースに入れられる感じがする。
それでも人が恋愛をやめないのは、たぶん「誰かに必要とされたい」からだけではない。誰かを好きになることで、自分の世界に新しい色が増えるからだ。
今まで通らなかった道を歩く。
興味のなかった音楽を聴く。
どうでもよかった季節に意味が生まれる。
恋愛は人生を完成させるものではない。むしろ少し壊す。生活リズムも感情も、綺麗に積み上げた価値観も崩していく。けれど、その崩れた隙間からしか見えない景色がある。
だから恋愛は、面倒くさい。
でもたぶん、その面倒くささごと、人は愛している気がする。
後書き
やっぱり小瓶ごとに話す口調が変わっちゃうのなんなんだろう。まぁ、死ぬわけではないし良いや。
どうか、欠番が埋まりませんように。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください