ゴミはゴミを呼ぶって話、よく言われる。
落ち葉さえも綺麗に清掃された道、綺麗に整頓された本棚でさえも、一度、二度、三度、ゴミを捨てたり、おざなりに本を横積みしたりだけで、簡単にその状態は崩れる。ゴミを道端にポイ捨てするし、読んだ本は適当な場所に置く。
ルールが殊更厳守されている状態では、人間はわざわざルールを破りたくはない生き物ってだけ。
取り締まる存在や遵守する周囲の人間から叱られたり、目くじら立てられたりするから。
でも、ルールが緩い、あって無いようなものだと、人間は簡単にルールを無視する。
周りの仲の良い人間が全員破ったら、勿論自分も破ってしまう。
だって、ルールを取り締まる存在がいないって事だもんね。怖いもんなんか何もねぇや。
そう言う人間達って、本当に周囲の空気“でしか”動けない人間なんだな、と思う。
ルールを作るでもなく、利用するでもなく、ただ周りが守ってるから守るだけ。
ルールが定められた目的や目標なんか知ったこっちゃ無い。“周り”こそが絶対の正義。“周りが”黒といえば黒、“周り”が白といえば白。
“周り”のご意志に沿わないやつは徹底的に排除しろ。
万が一違和感を持ってしまった時は、“周り”に合わせなきゃ!自分こそが異分子だ!死ななきゃ!になる。
アホか。
多分、そう言う人間達は、ヒトという社会的動物の本能通りに動いてるんだろなぁと思う。
アリやハチが女王に生涯付き従うのとおんなじ。
自分の頭で考えてるんじゃない。
そうプログラムされてるからそうしてるだけ。
別にそうしなくっても余裕綽々で生きていける高度文明社会の中に住んだとしていても、“周り“に従えという、本能が囁く声のままに動き続ける。そうしている事にさえも気づかずに。
かわいそうに。
本能がそう形作られた時代と大きく変わってるのに、そのままで居るから苦しいのにね。
苦しくないならオールオッケー!
あなたの、本能に操られた見せかけの意思のままに、
「他の人を傷つけちゃうかもしれないけど、みんなやってるから大丈夫」
「後でちゃんと謝れば大丈夫」
「本当は苦しいだけだから。
だからちょっとだけ、吐き出しちゃえ。」
「“みんな”と同じように吐き出しちゃえ。」
「誰かが苦しむ言葉を吐き出しちゃえ。傷つける言葉を吐き出しちゃえ。大丈夫。みんなそうしてるし、どうせ誰も読まないだろうから、大丈夫、大丈夫。」
こうやって、綺麗な地球はゴミ山になっていったとさ。
迷惑被る相手がイルカとかネコならもっとみんな躍起になるのだろうけど、可愛くもなんともない”周り“以外の人間なら、どうだって良いんだってさ。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
すごくやさしい言葉をかけてあげてほしいです