今日、春休みいつ帰ってくるのかと、聞かれて、「あぁ、やっぱり自分に逃げるという選択肢は与えられないんだな」と悟りました。この世に生まれてきて十数年間、虐待をしつけとして正当化する両親から逃げるためいい子を演じて、世間体をとても気にする両親のために我慢して我慢して「あの家族は仲がいいね。」や、「Sちゃん(自分)とSちゃんのお姉さんっていつも仲良しで羨ましい、私も姉妹欲しいな〜」と言われるように心がけるよう育てられました。「あんたは頭が悪いんだから泣いてはいけない。」「調子に乗るから笑ってはいけない。」「育ててやってるのはこっち。口答えするな。
」「言いたいことがあるなら、ちゃんと言え。別に怒らないから。」
もう、従うしかありませんでした。そうすれば、表向きとは分かっているけど、見かけ上だとは分かっているけど、愛されていないと分かっているけど、ちゃんと
「愛してくれた」のです。それが両親の愛なんだと思うしかなかったのです。だから、どんなに痛くても寒くても物を破壊されても差別されても家畜扱いされてても幽霊の貞子さん扱いされてても従ってきました。でも、もう限界でした。だから、少し大きくなった時、意を決して少し監視が解けた時を伺い逃亡することを決意しました。色々、情報も集めてシェルター?のようなところにもお忍びで行ってみました。でも見えない鎖がいつのまにかこの十数年間のうちに繋がれていました。もう、自分には逃げ場はないようでした。いや、最終手段がないわけではないのですが、出来れば自殺なんてことは避けたい。だから、全てを諦めることにしました。
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小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
ななしさん
逃げて。逃げて。逃げて。
帰ることないよ。
ななしさん
辛かったですね。
私も実母から虐待を受けて育ちました。40歳半ばになりますが、やはり過去を忘れることは出来ません。虐待した母は何事も無かった
ように今も接してきますが、私は虐待の過去がフラッシュバックして苦しくなる時が度々あります。
だけど、自分が幸せになる事を母のせいにして諦めたくないって思いました。私も20歳の時、母の反対を押し切って実家から出ましたが、お金の無心の電話はよくかかってきていました。離れたくともうまく断ち切れないまま、今もそのままですが。今は結婚して旦那さんと子供たちと幸せになる事だけを考えるようにしています。私が幸せになることを邪魔されてたまるか!って気持ちです。
あなたにも幸せになる権利はありますよ。未来はまだ分かりません。諦めずに幸せになって。
ななしさん
春休みや夏休み等には集中講義を入れて、出たい授業があるから帰省出来ないというのはどう?
また、春休みや夏休み等にインターンをやっているところもある。
実際には授業もインターンもしなくてもいいけど、親が喜んで納得する理由を作って、帰省しないのもいいと思います
ななしさん
なんとか連絡を絶って、逃げる事は出来ないんでしょうか?
いくら家族でも毒にしかならないのなら、連絡手段を断つしかないんじゃないのかなと思います。
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