私は、生来身体が丈夫ではなく、父からも幼少の頃からそのことを責められて育ちました。一方、父は、生前は士業の個人事務所を営み、自宅兼事務所では、父は様々な難しい本を読んで勉強しつつ書類を作成し、母は算盤をはじいて経理や庶務をしていました。時代はまだ昭和でありながら、自宅にはコピー機やワープロもありました。然るに、私は、勉強して事務仕事をすることを身近に感じて育ちました。
進学した大学は、いわゆるネームバリューや論文引用実績の割には入学が簡単であった一方、入学してからの講義や実習、そして研究は厳しく評価・指導を受け、卒業には苦労しました。指導教官は、日頃から、「データや資料を集めて分析・検討し論を展開するだけならば、それは研究ではない。研究には、学会や社会即ち人類に貢献できる意義を伴わなければならないし、展開する論には、否定・対立する他者の論(反証)を受け得るから、その反証を論破できるだけの根拠を含めなければならない。」と教えてくださいました。
このような独特な生育歴と学業歴のためか、私は、世の多数の方とは少し異なるものの見方をしたりマスメディアが喧伝することを一歩引いて疑わしく考えてみたりといった傾向を持つようになりました。私の流してきた小瓶は、然るに、よく言えば問題意識の表明、悪く言えば不平不満が多くなってしまいました。
不平不満である以上、私が職業社会への適応に苦労していることは言い逃れのできない事実です。私は、弱い人間です。一方、頂くお返事の中には、私の強さを指摘してくださるものが、最近増えてきました。あいにく、それに対する私の自己評価は、「そんなことはない。所詮は諦めの悪い未練がましい不器用な人間に過ぎない。」といったものであり、今はまだ心理的な憔悴は癒えませんが、齢四十にして、自覚はできないものの他者には見える何かが変わりつつあるのかなと感じているところです。
様々な方に支えられてこれまで生きてきました。し、宛てメでも温かなお返事を頂戴しました。私を支えてくださった方の中には、もう故人となりお礼することが叶わない方もいらっしゃるので、不肖僭越で大風呂敷恥ずかしいですか、若い世代の力になる形で社会に貢献することが、私に課せられた義務なのだと思っています。宛てメでお返事を下さった皆様に、心からお礼を申し上げます。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
遥
とりす様
いつもお気遣い温かなお返事を下さり本当に感謝しております。
とりす様の御生家のお話を拝見し、和やかな気持ちを持ちました。もしかするととりす様にもお手伝いの経験があったのでしょうか。私は幼少期からコピー取りを手伝い、小学校に入ってからは時々電話番もしていました。父が入院したときは官公署や取引先に外回りもしました。
歳の離れた弟は、両親が忙しいときには、私が遊び相手になったり勉強を診たりしました。そして、そのようなときは、大概、近所の子供達と集まって、田畑や野山を駆け回ったり、誰かの家にお邪魔して勉強会をしたりしたものです。周りの人々や自然の温かさと厳しさを五感で感じて育ちましたし、育ててもらいました。
父のことについては、虐待や暴力による私の発達への悪影響や自殺により母に及ぼした苦労を考えれば、許し難い一方、私の数少ない長所は、父譲りであったり父に似たりのものが多く、複雑な感情です。8年前には父と同じ士業の試験を受験し合格した身なので、尚更です。
近日中に事務の短期の派遣バイトの面接を受けてきます。それと平行して、正社員求職活動も続けます。今月末には、事務に関するある検定も受けます。今はただ、耐え忍び頑張るのみです。
重ねがさね、いつもありがとうございます。
とりす
遥さんはそういった環境で育たれ、勉強、研究をされていたのですね。
遥さんのご家庭は士業、私の家は製造業でしたが、母親が事務、経理、庶務をして、昭和の時代にコピー機、ワープロがあったという所は一緒だったので、そこに共感すると共に、当時の家業の様子を懐かしく思い出しました。
遥さんはご自身で思っておられるより、ずっと芯の強さも優しさも高い知性もある方だと思います。文面からも、その真っ直ぐで真摯なお人柄が感じられます。
若い世代の力になることで社会に貢献したいというのは素晴らしい事です。
時には自分の思ったような形ではないかもしれませんが、自分に出来る事で上の世代の方から受けた恩恵をまた別の世代の方に受け継ぎ、お返しするという事も立派な恩返しだと思います。
これからの遥さんの人生が幸多きものでありますように。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください