どうして生きるのか……
彼らは何故死にたくないのか……
見ている世界の違い。
知っているものの違い。
地獄より地獄であるということに気付いていないがゆえの、生への活力。
日々の食事、動画視聴等の娯楽、これらは生きる理由にできるが……自殺しない理由にはならない。
そもそもだ。
「自殺する」という選択肢がないものがいることに驚きなのだ。
でもわかる。
この世は楽しい。生きるに値する。
僕は知ってる。想像ができる。
それを知らないものが死を選ぶ?
この世は苦しい。生きるに値しない。
僕は知ってる。想像ができる。
それを知らないものが生を選ぶ?
僕にもわからない。知らない。想像の及ばないところがある。だからこそ、「死にたい」は無くならないし、「生きたい」は消えない。本来それらは思考せずとも生きられるとわかっていても、どうあがいてもそれらを思考しないようになった自分を想像できない。
というか、そんな自分になりたくない。
知れない部分に答えがあると考える。
たとえば「助かりたい」と思っていては絶対に辿り着けない境地に助かる術があるとする。
でも助かる術を求めている者が「助かりたい」と思わないなんて無理難題。
ゆえに、つねに、自分の知り得ない部分に『ほしいもの』があるのかもしれない。手にした瞬間それは『ほしいもの』でなくなるという考えの連なり。
日々のちょっとしたことに感謝し、幸せに思うこと。
それが生きる理由になる者は、それが生きる理由にならない者の心を知らず。逆にそれが生きる理由にならない者は、それが生きる理由になる者の心を知らず。
だから反発し合うのだろう。
教えても教えても、わからない部分。
自らが体験しないとどうしようもない部分。
そこをどうにかしたいと思う私。
……駄目だ。私自惚れすぎだ。
やめよう。助けたい気持ちが先行して、暴走してる。
自分が救われてりゃ充分。
自分が自分らしく生きる過程で誰かを偶然救えたらラッキー♪
それくらいでいい。
私は見返りを求めない人。なぜなら見返りを求められたくないから。
そしてこの言葉は信用するな。私は嘘を吐く人。
自分が楽でいられる世界じゃないと生きていたくない人。
相変わらず最低で最高だぞ!ナイス!
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
すごくやさしい言葉をかけてあげてほしいです
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