人は女に生まれるのではない、女になるのだ。
"第二の性' シモーヌ・ド・ボーヴォワール
性とジェンダーの違い。ジェンダー(社会的な性的役割)とは後天的に徐々に獲得していったアイデンティティにしか過ぎない。
なら、後天的に、それを飛び越える者達がいるのも自然な事。
キャンプ(Camp)な精神で、いわゆる女性性を徹底的に過剰なまでにデフォルメして、あなた達のいう女らしさなんて、こうやって作る事もできるものなのよ。ただの幻想でしかないのよ。と、皮肉たっぷりに表現して、それをエンターテイメントにまで昇華して魅せるドラァグクイーン達や、
筋骨隆々でパワー溢れる男性性を表現する男役のレズビアンがいたって全然不思議な事じゃない。
女はこうあるべき、男はこうあるべき、という性的役割の規範に息苦しさを感じ、自分らしくありたい、自分らしく生きたいと、性的役割の規範から逸脱する様々な人達が出てくるのもなんの不思議もない。
横森理香さんの、なんという本だったかは忘れてしまったけれど、レズビアンでもないし、男になりたいわけでもないが、ストレートの男性から規範的な女の子らしさを求められる事に息苦しさを感じているボーイッシュな女性が、一緒に暮らすようになった年下のゲイのパートナーに、女っぽい気分になる事もあるのだと言ったら、そのパートナーが、
「そういう気分の時にはズラでも被ればいいじゃないっすか。」
とサラッと言う場面があった。
そう、女っぽい気分の時には長髪のカツラでもかぶって、女っぽい格好でシナでも作ればいいのだ。
ボーイッシュな気分の時にはいつも通りにツンツンのベリーショートでいつも通りにやんちゃな感じで。たったそれだけの事。
どうせ後天的に獲得するものでしかないのだから。
自分のジェンダーをどう定義し、獲得するかだって、自由自在だ。
いつだって、あなたのなりたいものになれる。
あなたの自然な気持ちに合わせて、あなた自身でいればいい。
勝手に他人に定義され、そこに閉じ込められる必要なんてないのだ。
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すごくやさしい言葉をかけてあげてほしいです
とりす
ちゃぼさん、お返事ありがとうございます。
これはボーヴォワールさんの理論を、フェミニストのジュディス・バトラーさんが解釈して、それをまた私が勝手に解釈したって感じです。
私は若い頃、LGBTQ+なんて言葉がまだまだ知られていなかった頃に、これで大分楽になれました。
ジェンダーの問題がLGBTQ+の問題だけではなく、男らしく、女らしくの呪縛そのものなんだなと知る事も出来ましたよ。
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すごくやさしい言葉をかけてあげてほしいです