ネットの記事やコメントを読んで嫌な気持ちになることは結構あるけど、本当のことや多くの人が当たり前に感じることなんじゃないかという意見でもバット評価されてる数が多いのを見るとモヤっとする。
本音や正論は他人には言っちゃいけないってことなのかなと。耳障りのいい綺麗事や理想主義的なこと以外を言うと叩かれるって認識でいいのかな?
ネット上じゃなくても親しいとこっちが思っていても相手がどう思っているかなんて分からないし、本音は誰にも言わない、これが生きていく上で正解なのだろうか?
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名前のない小瓶
あら探しが好きなマウントでしょう。
「結婚はいいものよ」と聞くと「自由がなくなる!子供の為に会社を休むのが迷惑!」と言いたくなる。
「独身最高」と聞くと「未熟な半人前!既婚の方が成長出来る!」と言いたくなる。
要するに他人の意見を正しいと認め、称賛し、賛同するのが嫌だってことです。
「お前は間違ってる。視野が狭い。私の方が多角的に物事が見れているし、深く理解している」と示したいのです。
そこに記事の内容は関係ない。
ななしさん
バッド評価にモヤっとする…ありがちですよね。
そのサイトの雰囲気もあるんじゃないですかね?
むやみに人の意見を否定したり、マウントとったり、ろくに人のコメント内容も読まずバッド評価したい人達が集まってるかも。
本音を言うな、綺麗事もダメだ、偉そうなコメントはウザい、謙虚なコメントも鼻につく・・・とか、何でもかんでも気に入らないんですよ、きっと。
匿名性のあるネットの闇の部分です。
実生活なら直接話して、相手の言動がいろいろ分かりますね。信頼関係をつくれば、本音を言い合える相手を見つけられると思います。
ななしさん
耳障りのいい綺麗事や理想主義的なこと以外をに対して叩く人の中には、偽者が混じっている場合があってさ。
偽者というのは、ストレスや不満を抱えていてそれを吐き出すために叩いているような人ね。
偽者は減ってほしいなぁと思うよ。
例えば、子どもを授かる気がない人が、周りから子どもを勧められる意見にうんざりしているからって、少子化対策を否定するようなこと。
個人の問題やストレスをすり替えないで。それはそれで、“子どもを産まない選択も認める社会にしよう”と表現してほしい。
バット評価されてる数のうち、一部は偽者だと思う。そう思ってみると、嫌な気持ちも少しは減るかなぁと思います。
本音も話そうよ。
誰一人として傷つけない意見はないかもしれないけど、ある程度の配慮をした上で表現の自由が保障されていた方がいいと思う。
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